第39話 冒険に行こう②

 庭に関してはもう、完全に精霊さんの領域と化している。

 僕の出番は水やりさえもなく、ただ愛でることしかしていない。しかも日々精霊さんが手塩にかけて育てているから、いつのまにか知らない植物が増えているのはしょっちゅうある。

 自然のものである草木や花は精霊さんとはとても相性が良いようで、最初の手付かずの荒れ果てた庭が嘘のようだ。まるで何年何十年掛けて育てた庭のように、色とりどりの花やハーブ、薬草、それに木も増えている。

「あ、林檎だ」

 林檎は真っ赤に色付き、香りもする。食べ頃なのだとすぐにわかるほどだ。


「おいしいよー」

「いつでもたべごろ」

「たべてたべて」

「あげるー」


 精霊さんが木から林檎を取ってくれた。

 水魔法で表面をさっと洗って、皮ごとかじる。

 しゃく、という良い音。みずみずしくて、ほんのり甘い。

「すごく美味しい!」

 いや、本当に。すごく美味しい。


「たんせいこめて」

「育てあげました」

「りんごさんです」

「うまかろう、うまかろう」


 とっても自慢げに精霊さんは話す。可愛い。


「いまはねー、ももとー」

「シャインマスカットを育てちゅう」

「さくらんぼはもうすぐできるの」

「あとはなにがいいかなあ」

「おいしいの育ててるの」


「そっか、頑張ってるんだね。ありがとう」

 果物の季節感がバラバラなのに、本当に何故育って実っているんだろう……。しかも実ったままで腐らないし、どれも食べ頃を維持している。あとものすごく美味しい。

 そもそも植えたばかりで木がこんなに成長している時点でもう異常なわけだけど。

 精霊さんは食糧難とは無縁だなあ。

 しかしこれほど新鮮なフルーツが色々手に入るなら、デザートもかなり充実すると思う。そのまま食べても勿論とても美味しいけど、フルーツサンドとかパフェとかにしてもいいだろうな。


 ぼんやり考えながら、そのまま散歩を継続する。

 藤棚の下ではノヴァ様がお昼寝をしていて、バラ園では精霊さんがせっせと棘を取っていた。そこの気遣いも完璧だとは。

 知らない間に池も出来ていて、蓮の花が静かに佇んでいる。……いつ池なんて作ったんだろう。何日か前に来た時にはなかった気がする。

 ずいぶん色も数も増えたチューリップやキキョウがやんわりと風に揺れて、ひまわりが真っ直ぐに太陽の方を向いている。

 良い天気だし、穏やかだ。


 このあたりは香りがするけど、鮮やかな花が咲いているわけではない。ということは、ハーブとかが植えられているのかな。

 ハーブに関してはまったくといっていいほど知識がない。花ならまだ近所に咲いていたり、テレビで見たり、母親が買ってきたりしていたけど、ハーブは名前も見た目も知らないものばかり。勿論、見分けなんかもつくはずはない。

 ミントなど有名なものは名前は知っているけど、どういう見た目なのかはさっぱりだ。

 一応、ハーブもポーション作りに使えるとは思うんだけど。後で鑑定をしてみたらいいのかな。

 とりあえず今は純粋に精霊さんの庭を堪能したいし、綺麗だなあとか良い香りだなあとか、そんな風にのんびり楽しむ。


「愛し子さま〜」

「これあげる」


「え?わあ」

 突然、わっさりと大量の何かを渡される。

 両手いっぱい渡されたのは、ラベンダーだ。これは有名だし、僕でもわかる。薄紫色で、安眠効果、リラックス効果のある香り。やさしい香りだ。


「リラックスはー」

「スローライフのきほんなのよ!」

「今日はぼくたちとあそんで!」

「あそんで〜」

「あしたのぶんもあそんでー」


 精霊さんの可愛いおねだりに、屈しない人はいるのだろうか。いや、いない。

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