第37話 やさしさに包まれたなら⑥
「……とまあそんな感じで、今日は大変だったよ」
領主様のお屋敷からの帰り道、お店に寄るとアイネがいた。ちょうど他にお客さんがいなかったこともあって、二人で椅子に座ってまったりティータイムとなったのだった。
そして今日一日のことをざっくり話したところである。主には緊張疲れだ。
「お疲れさま」
テーブルにだらだらと身を預ける僕の頭を、アイネは撫で撫でしてくる。やさしい。
ゆっくり起き上がってお茶うけに出されたクッキーをもそもそと食べる。甘さが体に染みるようだ。しかし神がかって美味しい。このクッキーはアイネの手作りだ。
今日のアイネもいつも通り、分厚い眼鏡に三つ編みだ。
ただ三つ編みを束ねているのは、先日僕がプレゼントしたキキョウの花の髪飾り。早速使ってくれているようで、とても嬉しい。……のだが、僕から見て右側が紫色のキキョウで、左側が白と紫のキキョウ、というまさかの色が合っていない現象が起こっていた。
二色とも二個ずつ渡したはずなんだけど、左右別々の靴下を履いて気付かないでいる人みたいになっているよ。
でも、それはそれで可愛いからいいか。
「あ、パウンドケーキもそういえばある」
「パウンドケーキ!」
「うん。オレンジのやつと、クルミのやつ」
家にあるから、持ってきてくれるそうだ。すぐそこだしね。
というわけで、少しの間店番をする。といっても、お客さんが来たら少しだけ待ってもらうように伝えるだけの実に簡単な仕事だ。
「平和だなあ」
アイネは最近は結構積極的に料理をしているそうだ。
まあそれを僕に食べさせて、ポーションを作ってもらうという目的もあるわけだけど。僕としても食べていて美味しいし、更にはその美味しいポーションを作れるから本当にウィンウィンだ。
けれどそれを抜いても、僕の為にと作ってくれている。と、勝手に思っている。
このクッキーは前も食べたし、それにその時は精霊さんの分も包んでくれた。一度食べればアイネの料理はポーションが作れるから、何度も同じものを出してもポーション作りとしては無意味なものだ。けれどそれを知りながらも作ってくれている、ということは。
「すごく美味しいクッキーだったから、また食べたいって言ったの……叶えてくれたのかな?」
いけない。顔がにやにやしてしまう。
アイネが家からお店に戻ってくると、お皿に乗せたパウンドケーキの他に大きな包みを持っていた。
「店番ありがとう。あと、こっちは精霊さんにどうぞ」
「わあ、ありがとう!」
今回もまた、精霊さんの分も用意してくれたようだ。嬉しい。
それからも時々訪れるお客さんの応対を挟みながら、日が暮れるまでまったりと他愛もない話をしながら過ごした。
「騎士さん、良かったね。元気になるといいね」
帰り際、アイネはそう言ってくれた。
「うん」
僕はとても穏やかな気持ちで頷くことが出来た。
一ヶ月後に。
僕は元気になった騎士さんのうちの一人と再会することになる。
それから月ごとに違う騎士さんがやってきて、三ヶ月後には三人全員と。
他愛もない話が出来るようになるまでは少しだけ時間が掛かるけど、ここは穏やかな辺境の街だから。ゆっくり、ゆっくり、時間とともに癒えていくだろう。
そのうちに騎士さんの家族が隣国から辺境の街に移り住むようになる頃には、憂いよりはずっと、笑顔の方が増えていた。
今より少しだけ、未来の話だ。
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