第29話 愛し子さんと精霊王様のぶらり辺境街歩き②
辺境の街は、結構広い。
特に中心部は色々なお店が立ち並んでいるし、端から端まで見ていたら、それこそ一日では回りきれないだろう。領主様のお屋敷も、中心部にでかでかと建っている。
僕がよく行くのは、中心部よりもその手前の方が多い。
この辺りはそんなに人は多くなく、お店も同じく。けれど食品も生活用品もここで十分揃うから、不便はまったくない。
アイネのいるお店も、この区画にある。
でもお礼を買いに行くのなら、中心部の方が店舗も品数も段違いに多いから、やっぱりそっちになるかな。
中心部を目指して歩いていくけど、早速ノヴァ様が駆け出した。
「壱弦!良い匂いがするぞ!」
はしゃいだ様子で走っていく姿は最早どこからどう見ても子供にしか見えない。
この辺りはまだ人は多くないから大丈夫だとは思うけど、迷子になったら困るから僕も走って追い掛ける。
でも多分、この匂いで駆け出したということは、目的地は予想がつく。
「壱弦!これだ、これ!食べたい!」
かなり興奮した様子で、爛々と目を輝かせながらノヴァ様が指差しているのは、コロッケだ。
「なんだい、ずいぶん元気な坊っちゃんだねえ」
来た場所は、お肉屋さんだ。
「ステラおばさん、こんにちは」
「ん?イヅルじゃないの。この子は知り合いかい?」
「はい」
この陽気な声の人は、お肉屋さんの奥さん。ステラおばさんと呼んでいる。恰幅の良い、とても明るい方だ。ちなみにお菓子作りも上手いらしい。
旦那さんはいつも奥で作業していて、ちらっと挨拶をしたことくらいしかない。おばさんとは逆に、細身で、大人しい人のようだった。
「コロッケ二ついただけますか?あと、これから中心部に行くんですけど、帰りにお肉を買っていきたくて」
「はいよ!じゃあそれまでに準備しとくね。先にはい、コロッケ二つ。熱いから気を付けて食べるんだよ」
「ありがとうございます」
帰りに買うお肉を注文するより先にコロッケを受け取って、その内の一つをノヴァ様へ渡す。もう一つは僕が食べる。
……うん。だってすごく良い匂いなんだよ。惹かれてはしゃぐノヴァ様の気持ちはとてもよくわかるし、お肉屋さんに来るたび何かは買い食いしている。
お肉屋さんのコロッケとかメンチカツって、とても美味しいよね。
「美味い!壱弦、これもいっぱい買って帰るぞ!」
ノヴァ様もとても気に入ったようだ。
「帰ってからも食べるんですか?」
「無論だ!」
「ははは、良い食べっぷりの坊っちゃんだねえ!」
あんまりにも美味しそうに食べているから、ステラおばさんも嬉しそうだ。ノヴァ様はコロッケをぺろりと素早く平らげる。
買って帰るお肉も多めの方がいいかな。普段より多めに注文して、それからノヴァ様ご希望のコロッケも余分に買うことにする。
「あ、あとステラおばさん。このお店のハンバーグを使った味のポーションを売り物にしても大丈夫ですか?こういうものなんですけど」
「ああいいよ!じゃんじゃんうちのお肉を宣伝してちょうだい!」
早い。まだポーションを出してすらいない中での快諾だった。
試作のポーションを飲んでもらって、確認してあれこれ、と想定していたのに、ステラおばさんの懐の大きさにびっくりだよ。
「ありがとうございます。これ、良かったら貰ってください。いっぱい宣伝して、これからもちょくちょく持ってきますね」
味を確認してもらう為にも、お肉屋さんのハンバーグ&レタスサンドイッチ味のポーションを五本渡す。それから感謝の気持ちに、パンケーキの各味を一本ずつ、本場アップルパイ味二本の、計十本をステラおばさんへ。
「味付きのポーションってのはイヅルが作ったんだねえ」
「知っているんですか?」
「ああ!うちの親戚がアップルパイのやつ飲んだらしいんだけど、美味しかったって自慢してたんだよ。アップルパイは旦那も好きだから、ありがたくいただくね」
まだ量的にはあまり売っていないと思うんだけど、味が珍しいから話題になるのかな。ありがたいことだ。
しかし、歩みが進まない。
ノヴァ様は本当に子供のように、目に入るお店、特に食べ物を売っているところに向かってとにかくふらふらと歩き回る。そして食べる。
精霊王様って何歳かわからないけど、少なくとも僕よりはずっと年上だと思うんだけどなあ。弟の小さい頃でも、こんなにちょろちょろ動き回らなかったと思う。
急ぐ用事があるわけではなかったから、のんびり街歩きをしているけど。こうしてみると、街に知り合いって増えたなあと思う。
中心部の方には知っている人は全然いないけど、この辺りは色んなお店に立ち寄って買い物をしているから、名前は知らなくても顔を見て挨拶するくらいの人は結構いる。
お肉屋さんのステラおばさんのように名前も知っている人もいるし。
身元のよくわからない新参者にも、この辺境の人たちはやさしかったな。領主様指示による監視期間はあったけど、そういうところをしっかりしているから人を信じることが出来ていけるのかな。誰に話を聞いても、領主様を褒める言葉ばかりだったのも印象的だった。
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