第20話 幕間 例えば、再会する未来があるとしても


※このお話は読まなくても本編に影響はありません。

悲しい、苦しい表現が含まれるので、明るい話だけを読みたい方は飛ばしてください。





✳︎






 僕には一人、幼馴染みといえる存在がいた。

 家が近所で幼稚園が同じ、そのまま小学校、中学校、高校まで。ここまで来ると腐れ縁とも言えなくはないけど、ただ一つ留意する点は僕たちは仲良くはないということだ。


 きっかけは何だったか、よくわからない。

 子供の頃は少なくとも仲良く遊んでいたような記憶もある。その辺りはぼんやりしていて、よく思い出せない。

 気付いたら幼馴染みは僕のことを『陰キャ地味眼鏡』と呼びはじめた。

 誰かの悪意というのは、簡単に浸透する。

 幼馴染みが僕を揶揄い時に罵るたび、クラスの中で僕と話をする人は一人また一人と減っていき、いなくなった。

 直接的にいじめられているわけではないからタチが悪く、何ならもっとひどい悪口を言ったり僕の物を破壊したり傷付けようとしてくれた方が、周りにも訴えやすかったのに、彼らは何もしないことを選んだ。時々思い出したように陰キャ地味眼鏡と呼んで、あとは話をしないくらい。


 最初はたぶん、悲しかったんだと思う。

 けれどそういうことが何年も何年も続くと、どうでも良くなった。


 だから高校に進学した時はもう、最初から友達を作ろうとすることをやめた。一人は楽だったし、家族とも仲が良かったから、別にいいと思っていた。

 何の因果かあの幼馴染みは時々僕を揶揄いに来たけど、最早地味に徹して言い返さない僕にとってはほぼ無害で。どうでも良かった。面倒だな、と思うくらいだ。


 そんな時に、クラスメイト全員と異世界に召喚された。


 そして僕は無能と罵られる。

 幼馴染みは、どうやら勇者らしかった。

 でも僕にとってはどうでもいい。

 召喚した国の人間も、幼馴染みやクラスメイトと同じ。僕にはどうでもいい、関係のない人たちだ。隣国に追放でも何でもすればいいと思った。僕は好きに生きるから。




「このたびは、大変申し訳ありません」

 隣国への移動は、騎士さんたちが立候補してくれたのだと聞いた。本来なら護衛すらなく、そのまま森にでも捨てられたのだろう。

 その騎士さんたちが城から出るなり、すぐに声を揃えてみんなで頭を下げていた。城から出たといっても、まだ王都だ。通行人は普通にいるし、門番さんだって見ている。

 それに僕は何の力もない子供で、騎士さんはみな屈強で、僕よりもずっと年上の人ばかりだった。その人たちが泣きそうになりながら全員で頭を下げている光景は異常で、周りの人も何事かと遠巻きに、けれど心配そうに様子を伺っている。

「えっと、頭を上げてください。少なくとも、騎士さんたちの責任ではないですよね」

「しかし、貴方様を召喚……いえ、異世界から誘拐したのは我らの王です。その上、スキルがないからと放り出すなど、あっていいことではありません」

 ああ、こんな国にもちゃんとした人はいたんだな、と思った。

 クラスメイトにとっては僕の追放など気に留めることでもなく、幼馴染みにいたっては「お前が土下座してお願いするなら王に掛け合って、小間使いくらいにはしてやるぞ」と情など皆無の発言だ。王や貴族は無能者には興味はなく、人間とも思っていない仕打ち。

 そんな中でも、この騎士さんたちは赤の他人の僕を心から心配して、罪悪感に苛まれながら、どうにか出来うる限りで庇護してくれようとしている。

「ありがとうございます。かえって、隣国の方が生きやすいかもしれません。なので、そこまでの護衛をよろしくお願いします」

 城の中で謝罪をすれば、王の耳に入って最悪僕の護衛すら取り上げられてしまうかもしれない。

 だからこその城外に出て、すぐの謝罪だったのだろう。

 それでも大勢の人目はある。恥やプライドをかなぐり捨てての精一杯の謝罪は、僕の価値観を少しだけ動かした。







「愛し子さま〜」

「これあげます」


 ポーションを作っていない時も、精霊さんはよく遊びにくる。

「うん?ありがとう」

 お礼だという薬草の他にも、形の良い綺麗な石だとか、可憐に咲いていた花などを時々持ってきてくれる。

 今日は花だった。これはチューリップだね。花の色は白で、切り花ではなく根っこごと持ってきたようだ。

 ちなみにそれらの石や花に特殊な効果はなく、どこにでもある普通のものだ。本当にただ綺麗で、それを僕に見せたい、あげたいからと持ってきてくれている。


「きれいに咲いてたの!」

「チューリップさんも、愛し子さまのとこに行きたいって」

「連れてきてあげたの」

「きれいでしょ」


「そっか。じゃあ、庭を整えたら植えようか。それまで植木鉢でもいいかな」


「愛し子さまのそばにいられるなら!」

「なんでもいいのよ〜」


 どうして僕が精霊にとっての愛し子なのか、こうして無償の愛情を、好意を向けてくれるのかはわからない。

 この異世界は僕にとってやさしい。やさしい、平和な世界だ。

「大切に育てるね。僕のところに来てくれて、ありがとう」

 チューリップは元いた世界にもあったのに、こんな風に接したことはなかった。こんな小さな花一輪にも感情はあって、生きているんだ。異世界に来てから、そう思うようになった。




 たぶん、僕がこの世界で幼馴染みに再会することはない。

 そういう風に巡り合わせてもらっている、と感じる。

 例えば、再会する未来がどこかにあったのだとしても、僕はそれを望まない。好きに勇者として生きて、魔王様のところへ行ったり、或いは日本に帰る手立てを見つければいい。僕にはもう関係のないことだ。

 僕の居場所はこの辺境の街で、そこからどこかへ出掛けるのも、日本へ帰る手立てを探すのも、僕の自由だし僕だけのものだ。

 きっともう、交わることはないだろう。


 確かな悲しみはあったし、痛みもあった。諦めも。けれどもう、それだけだ。

 再会してつらかったことを責め立てたところで、幼馴染みは悪いことだなんて微塵も思っていないだろうし、それで僕の心がすっきりするわけでもない。

 だからもう、会うことはなくていい。

「当たり前のことだよ。自分が嫌だと思うことを、誰かにしてはいけない」

 僕が何もしなくても、いつか報いは受けるものだ。

 それよりも僕は、目の前にあることを大切にしたい。やさしい世界で、穏やかに生きたい。

「僕は自分がされて嬉しかったことを、誰かに返せる人になりたい」

 それはあの精一杯のことをしてくれた騎士さんのように。底抜けに慕ってくれる精霊さんのように。

 ちっぽけなことでいいんだ。

 ありがとうって笑ってくれることとか、美味しいって言ってくれることとか、側にいてくれることとか。

 だから今、僕はとても幸せだ。

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