待ってるの
春嵐
01 待ってるの
「よお」
来た。
「今日は遅いね?」
「仕事だよ、仕事」
何の仕事をしているかは、こわくて訊けない。
「ずっと待ってたのか?」
夜の街の一角。ほんの小さな、ベンチ。警察官立寄所のシールみたいなのが、雑に貼られてる。
「まあ、多少は」
近くのビルを指す。
「あそこのビルの、ファミリーレストランで」
「ファミレスか」
「うん。ここが見えるの。それで、あなたが来るのを待ってた」
「じゃあ、次からファミレスで待ち合わせるか?」
「いやいや。いつ来るか分からないひとをファミレスで待つのは無理よ」
「それもそうだな。今日はどうする?」
「呑みで」
「酒か」
「わたしは日本酒が呑みてえです」
「いいだろう。酒場に繰り出すか」
歩き出す。
付かず、離れずの関係。もっと近づきたいけれど。焦らず。ゆっくり。彼が心を開いてくれるのを。待っている。
「あ、月がきれいだよ。ほら」
「三日月だけど」
「満月よりいいじゃないの。控えめな感じがさ」
あなたみたい、と言いそうになって。こらえる。さすがに言えない。
「初めて会ったときも、こんな感じだったね、たしか」
覚えている。
彼は。
血だらけで、このベンチに座っていた。救急車を呼ぼうとして、止められて。
「初めて会ったときか。覚えてねえな」
「だって、血だらけだったもの」
「気付いたらベッドの上だった」
「うん」
仕方がないので、家まで運んで介抱した。服を脱がせて、びっくりした。体は傷付いていなくて。血は、返り血だった。
「またわたしの家に、来る?」
控えめに、訊いてみる。
「訊くなよ。どうせいつも通り、酔いつぶれたお前を家まで運ぶんだろ、俺がさ」
「そのとおり」
酔ったふり、だけどね。あなたに運んでもらえるなら。演技だってするわ。
あなたのことを。
待っていたのだから。
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