10年前の夏休みの続き

乱輪転凛凛

夏休み田舎にて

電車やバスを乗り継ぎ僕は田舎の祖母の家に来た。「暑い……」セミが大合唱をしており、余計暑さに拍車がかかるみたいだった。僕は祖母の家のインターフォンを押した。「はい」「おばあちゃん来たよ。早く入れて」「裕也?」「うん」玄関から祖母が出てきた。「暑かったか?」「でも都会よりまだ暑さマシだよ」僕は祖母の家に入った。



「お婆ちゃん麦茶飲んでいい?」「冷蔵庫にあるから好きなだけ飲んでいい。またすぐ作るから」僕は冷蔵庫から麦茶を取り出しいっきに飲んだ。「お婆ちゃんエアコンつけないと熱中症になっとゃうよ」「大丈夫。エアコンは好かん。電気代もバカにならないし」「じゃあ軽めにエアコンかけるね」と言い僕はエアコンを操作し、部屋を涼しくした。



僕は畳張りの応接間に座り一休みした。「いつまでいるんだ?」「んー8月の30日には帰らないと」「好きなだけおってええ」「ありがと」エアコンで涼みひと心地ついたあと僕は言った「ちょっと近所散歩してくる」「来たばっかりじゃないか。もう少しゆっくりしてけ」「大丈夫すぐ戻ってくるよ」「海に行くとええ」「うん、そうするよ」そう言うと僕は家を出た。



玄関の扉を開けるとセミの大合唱が僕を迎えてくれた。僕はスマホで地図アプリを確認して海までのルートを確認した。しばらく歩き海についた。ここは地元の人しか知らない浜辺だった。僕は砂浜に座り昔のことを思い出していた。6歳の頃、夏休み、同じように僕はここに来ていた。その時は僕は近所の子どもたち数人と一緒に花火を楽しんでいた。その中には僕の初恋の人もいた。名前は遥。3歳年上でその当時随分大人っぽく見えた。



「ねぇ裕也くん。ロケット花火とばそ」思い出す。僕は遥ばかり気にしていた。地元の子供ばかりだったので少し孤立していた僕に話しかけてくれたのだ。僕は祖母からライターを借り花火に火をつけた。ロケット花火が弾けた。「うわぁすごい」遥は言った。僕はチラリと遥の顔を見るとすぐにうつむいた。告白しなきゃ。その時僕の心はそんな思いが占めていた。「こっち来て」僕は遥の手を取り堤防のそばで二人きりになった。「どうしたの? 裕也くん」「あの……その……」「ん?」僕は遥の顔を見た。まともに顔を見れなかった。なんだか周囲がざわついていたので、チラリと横目で堤防の方を見ると、地元の子が堤防に隠れるようにこっちをじっと伺っていた。まわりの皆から見られている! そう思うと僕は「ゴメン!」と言ってその場から逃げ出した。



僕と遥の両親が仲が良かった。だから一緒に遊ぶようになった。祖母の家でよく夏休みの勉強を一緒にしていた。「遥ちゃんこれ教えて?」「ん? この問題? これ祐介くんでも答えられると思うけど。さっき教えたばっかりじゃん」「教えて欲しいの!」僕は遥と話しをしたくて分かる問題も分からない振りをしていた。「これで分かった?」「うん! ありがと!」僕はこの楽しい時間がずっと続くと思っていた。



僕たちはある日テレビでドラマを見ていた。ドラマの内容は幼い頃よく分からなかったがどうやら恋愛ドラマのようだった。大人の男女がある高台で見つめ合っていた。どうやら告白してるみたいだった。二人はキスをしていたので、僕は思わず恥ずかしくなって目をそらしたのを覚えている。「こんな風に告白されたい」遥はそう言った。「私こんな綺麗な場所で好きな人から告白されるのが夢」僕はその言葉が耳から離れなかった。その当時から遥のことが好きだったと思う。テレビの画面は大人の男女二人が抱きしめあっていた。それを遥は食い入るように見ていた。



ある日僕たち二人は車で連れられ高台に来た。そこは田舎の町が見下ろせる高台だった。海が見えてとても綺麗だったのを覚えている。「私ここから見える景色が一番好き」遥は言った。「キレイじゃない?」「うん。すごい海も近くから見る海と違って凄く光って青くてお婆ちゃんの家もあんなに小さくて……」「私のお気に入りの場所。嫌なことあってもここから海を見たら全部どうでも良くなる」僕はなんだか大人びたことを言ってるなと思った。遥に嫌なことなんてあるんだろうか?



「暑い……」僕は照りつける太陽の中急に現実に引き戻された。僕は立ち上がりお尻についた砂を手で払い歩き出した。行き先はあの海を見下ろせる高台だった。そこに遥がいると半ば期待しながら。



僕は汗だくになりながら坂道を歩いていく。車で行くなら10分の距離もこの暑さのなか歩くとなるとだいぶキツイ。「あーー暑い! 暑い! 暑い!」僕は独り言を呟きながら登った。そして高台についた。当然と言うべきか遥は居なかった。僕は乱れた息を整えながら田舎の町を見下ろした。美しい景色。でも幼い頃見た景色とは違って見えた。一人で見る景色と二人で見る景色は違って見えるのだろうか。そう思った。遥を探してあたりを見回したがやっぱりいなかった。僕は祖母の家に帰ることにした。



「どこにいってきたん」「んーー海とか見て近所ブラブラしてた」「晩ごはん食べ」「ありがとう」僕は祖母の家に帰り夕食を食べた。「そういえば子供の頃、遥ちゃんっていたじゃん」「あぁおったなぁ」「今どうしてるか知ってる?」「菅原さんの子やったなぁ。遥ちゃん。子供の頃夏休みに、よう、ここの家にきて遊んでた」「そうそう。今何処にいるか知ってる?」「いや分からんな。一緒に遊んでた子らに聞いてみたらどうだ?」「うん。そうだね」「あの子なぁ可哀想な子でなぁ。菅原さんとこのホントの子供じゃないよ」「えっ? そうなの? 初めて聞いた」「そうなんよ。あそこの家酷い旦那でなぁ。浮気相手と子供作ってそれを奥さんに任せっきりで……複雑な家なんや。あんま立ち入ったらあかんで」「うん……」僕は食事を終えシャワーを浴びた。



そして居間でくつろいだ。そしてまた昔のことを思い出した。子供の頃、遥に手紙を書いた。なぜ手紙だったのか多分テレビや漫画の影響だったと思う。遥の夢を叶えてあげたい。そう手紙に書いた。つまりラブレターというやつだ。伝えたいことがある。明日一番キレイな場所で遥の夢を叶えてあげる。そう手紙に書いた。今思い出すとよくそんな手紙がかけたと思う。「お婆ちゃん子供って無敵だよなぁ」「あ? なんの話や?」僕は祖母に話しかけた。一番綺麗な場所ってあの高台のことだ。なぜだか子供の頃そういう書き方で伝わると思っていた。あの高台は二人の共通の思い出だと思っていた。こんな漠然とした言葉でも遥に伝わると思っていた。



だが遥にその手紙が読まれることは無かった。手紙を渡そうとしたその日、遥が実家に帰る日だったのだ。「これ僕がいないところで読んで欲しい」そう言って僕は遥に手紙を渡した。「なにこれ?」遥は僕の眼の前で手紙を読もうとしたので「うわーー! やめて! 今読まないで!」と言って僕は阻止した。すると遥の母親がやってきて僕の手紙を遥からひったくった。そして信じられないことにその手紙を勝手に見た。母親は「あんたこんな小さな子に色目使って気持ち悪い!」と言って手紙を真っ二つに破り捨てゴミ箱に捨てた。僕はあまりのことに驚き微動だにしなかった。遥は涙目になった。「勉強もせずこんなことばっかりして!」そう言うと遥の母親は遥の頭をピシャリと叩いてその場から消えた。遥はワッと泣き出した。遥は泣きながら「ごめんなさい。せっかくお手紙貰ったのに。どんなこと書いてたの?」と聞いた。僕は動揺して「あの……ごめん。なんでもないんだ」そう言って遥の傍を離れた。その時の遥の表情が忘れられない。まさか自分の口からラブレターの内容を言える筈も無かった。手紙だから書けたんだ。そしてその時思った。また伝えられるタイミングがあると。



次の日僕は昼過ぎまで寝ていた。起きると家の中に誰もいなかった。玄関から外に出ると遥の乗った車がエンジンをかけ、もうすぐ家を離れるのが見えた。驚いた僕は走り出し「待って!」と声をかけたが遥を乗せた車はそのまま走り去った。僕は呆然としながら車を見送った。「遥ちゃん今日帰るんやって。祐介ずっと寝てたから」祖母がそう言った。僕は泣き出しそうになると祖母が慰めた。「大丈夫! またいつか遥ちゃんに会える」と。だがそのいつかはやってこなかった。



ハッとしてまた現実に引き戻された。この祖母の家に帰ってくると、昔の事ばかり思い出す。まるであの時から時間が止まってるみたいだった。僕は眠ることにした。そこから何日か経ったある日起きると僕は夏休みのころ一緒に遊んだ田舎の友達のとこに行くことにした。



「ここらへんか。お婆ちゃんから聞いた住所は……」昨日祖母から子供の頃の友人の住所を聞いた。同い年だったハズ。今頃僕と同じ16か。小倉さん……小倉さん……ここか。僕はインターフォンを押した。



「おおー久しぶりだなぁーあがってけよ!」「え? 祐介くん? ホント久しぶり」男女二人のカップルが迎えてくれた。「今親がいないからさーゆっくりしてって!」家にあがりながら僕は思い出していた。この二人は僕が遥に告白しようとしてた時、堤防から様子を見ていた奴らだ。



「遥ちゃん? 連絡先知ってる春人?」「あーー確かスマホに登録してたハズ」僕はびっくりした。遥と連絡が取れる。「ちょっと待ってな。遥……遥……」春人はスマホを操作した。「ね。どうして遥と連絡取りたいの? ひょっとして遥に会いに来た?」女の方が聞いてきた。「あーーあーんーー」僕は口籠った。「ひょっとして遥のこと好きなの?」直球で聞いてきた。春人がフッと笑うのが見えた。「あった! 遥! ほら」春人は僕にスマホを見せて来た。菅原遥 そう連絡先に書いてあった。これで遥と連絡がとれる。そう思うと心臓がドッドッと早く鳴るのを感じた。「ちょっと待ってな。今俺が繋げてやるから」「えっ?」春人スマホ画面の通話ボタンを押した。呼び出し音が鳴る。「えっ? ちょっと」「いいから」「別に連絡して欲しいなんて」「いいから俺に任せろって。お前遥ちゃんが好きなんだろ? 俺が上手いことやってやるから」「そんなこと頼んでない!」スマホの呼び出し音が鳴っている。「任せとけって。俺ってこういうの得意だから!」話にならない。僕は立ち上がりその部屋から逃げ出した。「オイ! ちょっと待って」春人の声が聞こえる。僕は急いで家から逃げ出した。遥に急に連絡するなんて思わなかった。動悸が止まらない。あんなことするなんて信じられなかった。だけどあと少しで遥と話すことが出来た。でもあんな急に……



僕は祖母の家に戻った。「そういえばあんた今日8月31日やないの。いつまでここにいるん?」「明日朝一で帰るよ」「それで学校間に合うの?」「まぁギリギリ……」



結局遥は見つからなかった。スマホを取り出し春人に連絡しようかどうか迷った。遥の連絡先を聞くために。だがあんなことがあったあとだ。連絡するのが躊躇われた。夕食を食べシャワーを浴び布団に寝っ転がった。明日には帰らないといけない。僕はまた昔のことを思い出していた。祖母の家には古いビデオカセットのデッキがあった。祖母がなかなか捨てられずにいたものだ。僕が子供の頃から祖母の家にあった。よく子供の頃テレビをよく録画していた。遥と見たあのテレビドラマも確か録画してたハズ。僕はテープレコーダーを次々と再生し始めた。そして見つけ出した。それは子供の頃遥と一緒にみたテレビドラマだった。子供の頃の記憶と同じように高台でカップルが告白していた。ただ記憶と異なるのは大人だと思っていたが高校生カップルだった。しかも、昼間のシーンだと思っていたけど夜のシーンだった。記憶なんていい加減なものだと思った。「明日になれば離れ離れだね」「もうすぐ12時。すぐに明日になる」どうやらだいぶ深夜だったみたいだ。しかもこれは夏のシーンだ。「明日学校が始まってもまた一年後に君と会える」このシーンは31日? 僕はふと思いついて時計を見た。時間は23時半を回ったところだった。まさか……そんなことあるか? いやでも、ここからあの場所は走っても間に合わない。僕は辺りを見回した。そして迷った。時間だけが過ぎていく。僕は寝ていたお婆ちゃんのところに行くと「お婆ちゃん自転車の鍵貸して!」と言った。「どうした? もう遅いやないか」「お願い」お婆ちゃんは玄関にある鍵入れから鍵を取り出して僕に渡した。「ありがと!」僕は飛び出した。



自転車は古びていて、いわゆるカゴのついたママチャリだった。ペダルを動かすたびにギーコギーコと変な音がした。僕は構わず自転車を走らせた。時計を見ると深夜の23時40分を過ぎていた。田舎だけあって周囲は驚くほど真っ暗だった。お化けが出そうな雰囲気の中必死に坂道を登っていった。ペダルを漕ぐと全身が汗まみれになる。頭を傾けると汗が地面にポタポタと落ちた。シャツも汗まみれで体に張り付いていた。滝のようにときう表現がピッタリなほど汗が流れ落ちる。なにやってんだ。馬鹿馬鹿しい。そんな思いが胸の中を占めた。いるハズない。遥は絶対にいない。あの高台にいるハズない。その思いをペダルを踏むことで打ち消していった。僕が忘れていたんだ。覚えてるハズがない。いたとして今更会ってなんになる? 恥をかくだけじゃないか。でもあそこに登って失うものはなにもない。僕は必死に坂道を登った。友達に笑われてもいい。からかわれても構わない。こっぴどく振られても構わない。もう二度と後悔したくない。今日あそこに行かなきゃ一生遥に会えない。そんな気がした。



高台についた。街灯が寂しく一つだけついていた。遥を探す。だが、そこには誰もいなかった。「遥……」僕は思わずつぶやく。僕は自転車を置いてゆっくりと歩き、夜景を眺めた。都会とは大違いの小さな光の群れたち。全てが遅かった。「祐介くん?」後ろから声がかかった。僕は振り返った。そこには遥がいた。懐かしい声、優しい瞳、間違いない。大きくなった遥だった。「遥……」僕は呟いた。遥は驚いたように僕の顔を見ている。「久しぶり」と遥から声が言った。そしてからかうように遥は笑って「どうしたの? 汗まみれじゃん」と言った。「遥の夢を叶えに」息も絶え絶えに僕は言った。止まっていた時間が動き出した。僕はじっと遥の目を見た。そして伝えた。ただ一言。あの時伝えたかった言葉を。

















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10年前の夏休みの続き 乱輪転凛凛 @ranrintenrinrin10

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