第10話 向かうべき場所と長老の秘策

「どういうことなのですか、お爺様」

「大陸──ウェルメリアの【深淵の扉】が〝淘汰〟として目覚めた結果、この世界のバランスが少しばかり傾いてしまったのが原因かもしれぬ」


 エルラン長老が、島の地図の幾か所かを指す。


「若い者に調査に向かわせた。ここと、ここ。それにここ……異変前に比べて地形が変化しておった」

「島であれば、多少の地形変化はあるんじゃないでしょうか?」


 俺の言葉に、エルラン長老が首を振る。


「あまりに変化が大きすぎる。ヴィルムレン島はの、次元を超えても型崩れせぬような強固な存在概念で編み込まれた場所……いわば、この世界にとっての迷宮ダンジョンに近い」


 この島そのものが迷宮ダンジョンなようなものだということに驚きつつ、それよりもそれが変化しているという事の方が衝撃を受けた。


 迷宮は多少の破損があっても、いつの間にか修復されている。

 俺達冒険者が大規模な戦闘や破壊的な魔法で多少迷宮ダンジョンに傷をつけたところで、数日でそれが元通りになるのは強い存在概念があるからだ。

 俺達『クローバー』でいうところの存在証痕スティグマのようなものが、迷宮ダンジョンにもありこの世界のルールに侵されないのだと思う。


 そんな迷宮に似た永続性があるはずのヴィルムレン島の地形が変化しているというのは、些か……いや、かなりの問題だろう。

 それはこの世界にとっても、あまり好ましくない事態かもしれない。

 本来あるはずの境界が曖昧になってきているということだ。


 エルラン長老の言う通り、この世界にとってヴィルムレン島が──そこに住まうダークエルフ達が、再び〝淘汰〟へと変化しはじめている可能性がある。


「察しのいい男じゃな。さすがは、大陸の〝勇者〟殿と言ったところか」

「そんなんじゃありませんよ、俺は」


 この〝勇者〟という過ぎた称号は、あまり好きではない。

 俺は、そんな風に呼ばれるべき人間ではないのだ。

 憧れていたおじを失い、守るべき妹分を犠牲にしたような情けない男につけるものではない。


「ユークさん、お爺様。ことを前向きに進めましょう」


 エルラン長老と向き合う俺の背に手を添えて、シルクが口を開く。

 なんて強い娘だろうか。俺ですら呑まれてしまいそうな『琥珀の森氏族』の秘密にたじろぎもしない。


「お爺様、どうすれば止められるのですか?」

「……『世界樹』に向かう必要がある。すでに氏族の中から迷宮探索に詳しい者を選抜し、編成しているところじゃ」

「ユークさん」


 シルクの視線を受けて、俺は小さくうなずく。


「エルラン長老、俺達もそれに同行したいと思います。ただ、俺達二人の一存では決められません。仲間達に要請と確認をとってもいいですか?」

「それは、ならぬ」


 ここに来て、エルラン長老が首を横に振る。

 やはり禁足地に部外者を踏みこませるわけにはいかないという事だろうか。

 俺の疑問に、老エルフがすぐに答えをくれた。


「いまさら、お主らの素性をどうこうというわけではない。じゃが、『世界樹』の内部は、この世界の条理を逸脱する部分が多い。渡り歩く者ウォーカーズであるお主と、琥珀のダークエルフであるシルクであれば問題ないじゃろうが……」


 シルクと二人、顔を合わせて頷き合う。


「問題ありません、お爺様。わたくし達『クローバー』は、ユークさんと渡り歩く者ウォーカーズの素養を共有しております」

「……なん、じゃと? そのような話、聞いたこともないぞ?」


 エルラン長老が目を大きく見開いてぽかんとした表情を見せる。

 渡り歩く者ウォーカーズについて知っていても、存在証痕スティグマの共有についてはやはりイレギュラー中のイレギュラーであるようだ。

 叔父さんも、驚いてたもんな。


「そうでなければ、反転迷宮テネブレに一緒に行けませんでしたから」

「いや、そうじゃな? いや、そうじゃとしても……どうやって」

「ええと、それは……」


 シルクがちらちらと俺を見ながら、照れたように顔を伏せる。

 その様子を見たエルラン長老が何かを察したらしく、一瞬の殺気を俺に向けた。


「フェルディオ卿?」

「は、はい」

「この騒ぎが収まったらば、時間を作る故……一度、ゆっくりと話を聞かせてもらおうぞ?」


 エルラン長老がから、チリチリとした殺気が全身をかすめる様にして放たれている。

 そんな様子を見て、シルクがくすくすと笑った。


「シルク?」

「そうですね。この異変が終わったら、お爺様とたくさん話をしてください」

「そう、だな。そうするべきだ」

「ええ。お爺様もユークさんをもっと知ってください。その時は、わたくしがお酌でも致しますから」


 エルラン長老と二人、思わず緊張が抜けてしまう

 思わず顔を見合わせて苦笑いを向け合い、それからお互いに佇まいをただした。


「エルラン長老、まずは変化のあった場所についての調査に向かわせてください」

「うむ。シルクならば、見ればわかるじゃろう。……そう言えば、フェルディオ卿。報告があると言っておったな?」


 思わずハッとして、小さく息を吐きだす。

 状況に流されて、本来の目的であったことを忘れていた。


「はい。いまとなっては、迷宮ダンジョンの影響と思われるのですが、ウェルメリアの『配信』機材がこの島で稼働することが確認されたのです」

「ユークさん、それって……!?」


 驚くシルクに小さく目配せする。


「黙っていてすまい。あとで説明するからさ」

「……わかりました」


 うなずくシルクと俺を交互に見てから、エルラン長老が小さく顎ひげに手をやる。


「ふむ……? 商人から『たぶれっと』なる魔法道具アーティファクトについてはいくつか島でも仕入れておるが、この島には『なまはいしん』なるものは届かぬと、若い者が口にしておったな」


 どうやら、エルラン長老は俺が考えていたよりもウェルメリア王国の『冒険配信』について知識があったようだ。

 『配信』を全く知らぬ人にこれを説明するのは、ひどく難しい。

 『絵』と『映像』の違いから説明しなくてはならないことなど、しばしば起きると王立学術院のボードマン子爵が愚痴をこぼしていたほどだ。


 しかし、長老のこの言葉はシルクも少しばかり驚きだったようで唖然とした様子だ。


「お爺様が『配信』を知っているなんて、驚きました」

「便利な物よな。島に出入りする商人が、お主らが写る映像をときおり魔石で持ち込んでおってな……儂もそれを見たことがある。宿の若造などは、この島の映像を魔法道具アーティファクトで撮って大陸で客の呼び込みをしておるとも聞いておるな」


 ウェルメリア王国の『配信』が、ヴィルムレン島の遠地にまで届いていることに驚きを隠せない。

 それと同時に、わかってしまった。

 おそらく、エルラン長老は見てしまったのだろう。

 俺達『クローバー』が初めて『無色の闇』に潜った、あの日の事件の配信を。

 だからこそ、イルウェンのような別氏族との融和を旨とした婚約話がシルクに持ち上がってしまったのだ。


「それで、フェルディオ卿。その機材とやらが稼働することに何か問題が?」

「これは推測の域を出ないのですが──」


 サルムタリアでのこと、『黄金』を介した配信機材のこと、【深淵の扉アビスゲート】のこと、そしてこの島で『生配信』が可能かもしれないこと。

 俺はこれまでのことを、言葉を尽くしてエルラン長老に語った。


 そして、全てを語り終えた俺にエルラン長老が深いうなずきを返し、口を開いた。


「あり得ぬ話では、ない。全ては深淵にて繋がっておるが故に。いまや不安定となった『世界樹』の深奥であれば、その娘に呼びかけることもできるやもしれぬ」

「……!」

「深淵の闇は、縁を手繰ることもあるという。この世界とのつながりが未だ途切れておらぬなら、なおさらかもしれぬ。それにの……」


 一拍置いて、老エルフがじっと俺を見る。

 そして、少しばかり驚きの言葉を口にした。


「その『生配信』とやら……此度の問題に使えるやもしれぬ」

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