第2話 伝統と横暴

「どういうことです? お爺様……!」


 眉を吊り上げ、祖父を睨みつけるシルク。

 俺はと言うと、事態がいまいち飲み込めずに目の前のエルフをじっと見るしかなかった。


「エルフの結束を強めるため、西の森より婿を取ることに決めた。このイルウェン殿がおぬしの片葉となる」

「勝手が過ぎます!」

「わしらにとって、重要で必要なことじゃ。わがままを言うものではない」


 エルラン長老の物言いに、さすがに俺も口を開く。


「エルラン長老、これはいくら何でも横暴です。私個人としても看過できません」

「看過できぬだと? 何様のつもりなのだ、貴様は……!」

「少なくとも、シルクの味方です」


 怒気じみたものがまなざしと共に向けられるが、これに怯むわけにはいかない。

 ひどく恐ろしくはあるが、当事者であるシルクの方がショックなはずだ。

 ここで俺が揺らいでは、余計な心配をかけてしまう。


「へぇ、お前……私の片葉のなんなのさ?」

「シルクはあなたのものではありませんよ。用件は伝えました、私はこれで失礼します。シルク、目的は果たした。滞在スケジュールの確認と、帰還に関わる処理を頼む。メンバーへの通達も任せた」

「は、はい! 了解しました」


 あえての命令口調でシルクに指示を出す。

 少し慌てた様子で頷いて返事をする彼女を視線で促してから、俺は一礼して席を立つ。

 王の特使としては褒められた行動ではないかもしれないが、少なくともシルクはこれでこの場を辞する大義名分を得られるだろう。


 なにせ今の俺は、ウェルメリア王国のAランク冒険者であり、特使でもある。

 そして彼女はその部下という立場なのだ。

 つまり、俺の指示であればシルクが勝手をしたという話にはなりにくい。

「待つのじゃ、シルク!」

「──お爺様には失望しました」


 振り向きもせず、シルクがそう吐き捨てる。

 小さく肩が震えているのは、怒りによるものだろうか。


「フェルディオ卿、これは問題になるぞ……!」

「言葉と礼儀はつくしました。あとは、シルクの判断に任せます」


 少しだけ振り返って、小さく礼の姿勢を取る。

 俺とて言いたいことはあるが、『家庭の事情』に踏み込むにも今は分が悪い。

 ここにいる誰もが、少し頭を冷やして冷静になる必要があるように思えた。

 ……このイルウェンという男についてはわからないが。


「やれやれ、私の花嫁は少しばかり手強そうだよ? エルラン殿?」

「何とかする故、待たれよ」


 扉を閉める直前にそんな声が聞こえたが、俺達は足を止めることはせず、仲間たちが待つ『ヴィルムレン島』唯一の街──ダークエルフの街アンバーレ市街へと向かった。


 ◆


「なによそれ、信じらんないわね!」


 ラフな格好でソファに座るジェミーが眉を吊り上げて怒りを口にした。

 正式に『クローバー』の一員となった彼女は、すっかり俺達と馴染んでいる。


「昔から伝統をかさに着た強硬なところはありましたけど、まさか先生の前であんなことを口にするなんて……!」

「ボクにも、覚えが、ある。大変だったね、シルク」


 レインが少し背伸びして、シルクをぎゅっと抱擁する。

 彼女も貴族出身の女性ということで無理やりに婚約させられそうになったことがあるので、他人事ではないのだろう。


「でも、これじゃあ調査は無理そうっすね?」

「それって、大丈夫なのかな?」


 装備品をチェックしていたネネとマリナに、俺は頷いて返す。

 そう、ここに来た目的はシルクのことだけではない。


 ──【深淵の扉アビスゲート】。


 俺達が数か月前に封鎖した、あの異世界を繋ぐ危険で強力な魔法道具アーティファクトが、ここヴィルムレン島にも存在する可能性が示唆されたのだ。

 この島がダークエルフの管理地域であるということも含めて、これまで不可侵となっていたのだが、シルクの伝手でもって事実と安全を確認して来てほしい……というのが、ビンセント王に託された密命でもあった。


「それについては、また明日にわたくしが祖父に進言しに行ってきます」

「いや、俺が行くよ。どうも、ちょっと気になるというか、キナ臭いんだよな」


 シルクの故郷、そして祖父を指して「キナ臭い」などと失礼だとは思うが、このヴィルムレン島にきてからどうにも落ち着かなさがある。

 特使としての緊張や、異国情緒に晒された故の不安という思い過ごしならばいいのだが、そうではない何かがある気がしてならないのだ。


 それに、初対面からいけ好かないと感じたあのイルウェンという男に、シルクを接触させたくなかった。

 これが単なる嫉妬なのか、それとも得体のしれない相手に対する警戒なのか自分でも判断がつかない。


 俺が黙り込んでしまったのが耐えられなくなったのか、マリナがシルクに向き直る。


「ね、シルク。どっかに迷宮ダンジョンがあるんだよね? 『無色の闇』みたいな」

「ええ、島の……『琥珀の森』の中心部にあると聞いたことがあります」

「島のみんなで攻略したりするの?」

「いいえ、場所や入り方を知っているのは、お爺様くらいではないでしょうか。厳重に封印して管理していると聞いたことがあります」


 長老の孫娘であるシルクですら正確なことを知らないとなれば、市街地で情報収集しても迷宮に関する情報は集まるまい。

 それに、氏族の長老家で管理され隠されているとなれば、聖域あるいは禁足地となっている可能性がある。

 もし、そうであるとすれば、種族も所属も違う俺がそれに深く言及するのはまさに内政干渉になるだろう。


 そう考えた俺は、小さくうなずいて全員に向き直った。


「よし、シルクの指示に従って帰還準備を行ってくれ。明日、エルラン長老に調査についての進言をしたら、船の準備ができ次第ウェルメリアに戻ろう」

「わかりました。明日は、本当にお一人で行かれるのですか?」


 心配げなシルクに、俺は軽く苦笑してみせる。


「今日の様子を見てしまうとね。大丈夫、きっと王の書簡にも書かれていると思うし……もし、謁見できなくても、言伝を今から手紙にしたためておくよ」

「じゃ、私は今のうちに港へ行ってくるっす」

「ああ。頼むよ、ネネ」


 アンバーレの港には、俺達の乗ってきた船が停留している。

 ウェルメリア王国海軍が所有する要人用の客船で、今回の旅に際してビンセント王から貸し出されたものだ。

 さすがに到着当日に帰還要請されるとは思っていないだろうから、出港準備も含めて早めに知らせておく必要がある。


「……」


 ネネが宿の扉から飛び出していき、シルク達が広げた荷物を詰め込み始める中──レインが小さく俺の裾を黙ったまま引いた。


「どうした? レイン」

「ちょっと、気になることが、ある。あとで、少しいい?」

「もちろん」


 俺の返答に満足したのか、こくりと小さくうなずいたレインはシルクたちに合流する。

 そんな彼女たちを視界の端に収めつつ、俺は手紙をしたためるべく自室へと足を向けるのであった。

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