第60話 ニーベルンと望み
次の瞬間、俺は……フィニスの大通りにいた。
通称『冒険者通り』と呼ばれる、大型の街頭タブレットが設置された場所だ。
「な……ッ?」
驚いて周囲を見回す。
レインは泣き顔のまま俺の腕に抱きついていており、他の仲間たちも驚いた顔でこちらを見ていた。
ただ、一人を除いて。
『えっと、見えてるかな? お兄ちゃん達は、ちゃんとお外についた?』
大型タブレットには先ほどまで俺達がいた『無色の闇』の最奥が映し出されており、そこにただ一人立つニーベルンが画面に向かって小さく笑っていた。
「ルン、どうして……!?」
『“おねがい”しちゃった。でも、いいよね? だって、ルンが心から望んだことだもん』
まるでこちらの声が聞こえているような……いや、聞こえているのだろう。
俺の体には、未だ〝黄金〟の気配が残っていた。
まだ、繋がっている。
『順番、抜かしちゃったけど……ごめんね。お兄ちゃんがお姉ちゃんたちを想うみたいに、ルンもみんなの事、大好きなんだ』
確かに、俺は叔父とニーベルン──
扉を閉めるためには、向こう側へ渡る必要があると聞いていたから。
一番目は叔父。二番目は俺。そして、俺たち二人が死んだ場合、最後にニーベルンに頼むというのが約束だった。
「ダメだ、ルン! やめるんだ。俺は彼らと約束したんだ! お前の幸せを!」
『知ってる。でもね、これがルンの『真なる幸せ』なの。お兄ちゃんと、お姉ちゃんたちがずっと幸せでいる事。離れ離れにならないこと。それが、ルンの望み』
画面の向こうで、ゆっくりと門に歩いていくニーベルン。
その顔に恐怖はなく、ただただ満足げな笑顔だけがあった。
「ルンちゃん、待ってて! あたしたち、もう一度そこに行くから!」
「ルン、やめなさい。こんなこと……後でお説教ですよ!」
マリナとシルクの叫びに、ニーベルンは笑う。
『ありがと。でも、これが一番なんだ。ルンがいたら、〝淘汰〟の根っこを残しちゃう』
「そんなのユークさんなら、なんとかしてくれるっす!」
「そうよ! まだ、あんた……約束した遊園地にだって行ってないじゃない! ギルマスと、ママルさんと、アタシと一緒に……行くんでしょ!?」
ネネの言葉にも、ジェミーの言葉にも首を振って応えるニーベルン。
『遊園地、行きたかったなぁ。でも、うん……充分。ルンは冒険したんだもの。みんなと、一緒に』
くるりと回って、こちらに向き直るニーベルン。
『お兄ちゃん、お姉ちゃん! ルンは幸せでした!』
ニーベルンがもはや声も出ない俺達に向かって、画面いっぱいの笑顔を見せる。
もはや、止めようがないのはわかっている。
ニーベルンの決意は固く、
『あ、でも……生まれ変わったら、今度は男の子になりたいな』
きらめく『
『それで、作家さんになるの! お兄ちゃん達みたいにたくさん冒険をして、たくさん物語を書くわ! ご本が出たらサインなんかして……きっと、たくさんの人をわくわくさせるの! 素敵だと思わない?』
「ああ、いい……アイデアだ」
涙に滲む視界の先、ニーベルンが画面の向こうで満足げに微笑む。
『ふふ、楽しみになってきちゃった。それじゃあ、行ってくるね!』
ニーベルンが歪み輝く『
どこか楽し気な様子で、振り返ることもなく。
──そして、扉が閉じる音ともに〝配信〟が終わった。
「ルン……!」
歯を食いしばっていても、涙と嗚咽がこみ上げてくる。
ニーベルンを犠牲にしてしまった後悔と、どこにもぶつけようのない怒りが渦巻いて呼吸が止まりそうだった。
「うええぇぇっ! ルンちゃん……! やだよぉ……!」
「こんなのって、ないっすよ……!」
「あの子ったら、もう、どうして……!」
マリナの慟哭が通りに響き、ネネはしゃくり上げるようにしてこらえ、シルクは静かに涙を流した。
「……ッ。なんでよッ、あの子、そんな事、一言も……」
ジェミーが、空を見上げて涙を流している。
まるで本当の姉妹のようであったジェミーの悲しみはいかほどだろう。
「だめ。……うん。ダメ、だよね。これじゃ」
俺の腕にしがみついていたレインが、そう呟いて大きく息を吐きだす。
ゆっくりと俺の腕から離れ、背筋を伸ばすレイン。
「ユーク、前を、向こう」
「レイン?」
もはやノイズしか写さなくなった画面の向こうを見て、レインが泣き顔のまま微笑む。
「ルンはボク達を、助けて、くれたんだもの。自分の意志と、覚悟で。だから、ボクらは、応えないと。ルンの望みと、願いを、絶対に叶えなくちゃ」
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