エピローグ/空に願う

 俺達の帰還から、一ヶ月が過ぎた。

 各地の迷宮ダンジョンは暴走を止め、世界の混乱は徐々に収まりつつある。

 幸いなことに、ベンウッドやママルさん達も無事に帰還した。


 多くの犠牲も出たが、〝淘汰〟に晒された世界の被害としては小規模だった。

 世界が丸ごと滅ぼうという危機に対しては、という話ではあるが。


 俺達はと言うとひっきりなしなインタビューの依頼を受けたり断ったり、王宮へ参じたりと忙しい日々を送っていた。


 なにせ、あのように大々的に〝攻略生配信〟を行ってしまったのだ。

 ウェルメリア王国以外からも、〝英雄〟だの〝勇者〟だのと言って担ぎ上げられて「謝辞の為に一度お目通りを」なんて面会要請が山のように寄せられて、その歓待の為に何度も王宮へ行く羽目になった。


 正直、貴族の作法なんてわかりはしないので胃に穴が開きそうだ。


 ただ、マストマとの会談だけは嬉しかった。

 今回の件で優れた手腕を見せた彼は、次期サルムタリア王として内定したらしい。

 ただ、本人は「〝勇者〟とのつながりを軽視できなかったのであろうな」とやや不満そうであったが。


 さて、そんな忙しい俺達であるが……現在は海上の人となっている。


 事の発端は、シルクのAランク冒険者登録及び、今回の功績を以ての迷宮伯叙任だ。

 彼女は南に浮かぶ『ヴィルムレン島』にある『琥珀の森アンバーウッド』の出身であるという話は聞いていたが……実は、その族長の孫娘であったらしい。


 どういうことかというと、シルクは正真正銘のお姫様だったのだ。


 他国の王位継承権的なものを持つシルクを、勝手にウェルメリア王の個人的な財産や貴族にするのは、さすがにまずいということでどうするかということになった。

 本人は気にしないとは言っても、これは国際問題になりかねない。


 そこで、そのご機嫌伺いに直接こちらから出向くということになった。


 ウェルメリア王は「これは王命だ」などと言っていたが、これはおそらく、度重なる祝辞やパーティーに疲れた俺達に休暇旅行へ行って来いという気遣いであろうと思う。

 正直、王都から離れられるのは有難い。


「どうされたんですか?」


 ぼんやりとしていた俺の隣に、ワンピース姿のシルクが並ぶ。


「君のお爺様に殺されたりしないだろうか?」

「ありえますけど、ユークさんなら大丈夫ですよ」


 全幅の信頼が重い。

 千年を生きるダークエルフの長老に命を狙われたら、俺などひとたまりもない。


「実は、わたくしも少し緊張しているんです。飛び出してきた手前、どういう風にしたらいいかわからなくって」

「わかるよ。俺だって故郷には帰ってないしな」


 サイモンとサーガおじさんの気配が残るアルメッチの田舎に戻る気力は、ない。

 きっとこの先も、帰らないだろうと思う。


「ま、何とかなるさ」

「ふふ、そうですね。あと少しで到着です下船の準備をしてきますね」

「ああ、よろしく。お姫様」

「意地悪はなしですよ、先生」


 小さく舌を出して、シルクが甲板を駆けていく。

 それを見送って再びぼんやりと海を見ていると、誰かが俺の裾を引いた。


「ユーク」

「どうした? レイン」

「これ、見て」


 そう言って、見せてきたのは【探索者の羅針盤シカードコンパス】。


「あ……。返してない」

「そうじゃ、ない。これ、みて」


 レインが起動スイッチになっているボタンをカチリと押すと、その針がくるくるを回った。これは初めてみる反応だ。


「これは?」

「ルンを、指してる」

「……!」


 あの日、ルンが扉に消えてから何度か【探索者の羅針盤シカードコンパス】を使った。

 もしかしたら世界のどこかに転移してはいないかと。

 だが、針はピクリとも動かなかったのだ。


 つまり、「そのようなものは存在しない」という意味。

 だが、目の前のこれはどうだ……針が動いている。


「きっと、ここじゃない世界に、いる」

「ああ」

「生まれ変わったの、かな?」

「そうかも、な」


 くるくると回る【探索者の羅針盤シカードコンパス】の針を見ながら、レインと二人笑い合う。涙も出そうになるけど、我慢だ。


「作家さん、なれたのかな?」

「さぁ、どうだろう。でも、そうか……」


 言葉が出てこない。

 ただ、幸せであればいいと願う。


「しかし、幸せでいろとはルンも言ってくれたもんだ。俺はどうすればいいんだろう」

「簡単、だよ」


 台の上で背伸びしたレインが、背伸びして俺に口づける。


「ほら、幸せ」


 そう笑うレインに笑顔を返して、俺は無防備なレインを抱擁する。

 ふわりといい香りがする、女の子。

 二度と触れることができなくなるはずだった温もりに、俺は思わず目を閉じる。

 これを手放さそうとしていたなんて、なんと俺は愚かだったのだろう。

 ニーベルンは、正しかった。


「あ! ユークがレインのことハグしてる! ずるい!」

「抜け駆けっす! ギルティっすよ! ネネタイムを要求するっす!」


 騒がしい声と足音が近づいてくる。

 きっとこの後、無理難題を要求されるに違いない。

 それを聞くのも楽しいものだが、ときどき無茶すぎるのはどうにかならないものか。


「もう、また? アンタね、毎回騒ぎになるんだからもうちょっと考えなさいよね」

「仕方ありませんよ。ユークさんですから」


 少し遅れて、落ち着いた声が二つ。

 なんだかんだと言っても、この二人だって後できちんと甘えてくるのだけど。

 意外と似た者同士の二人は、これでなかなか手強い。何を要求される事やら。


「ふふ、ボクが一番、だから」


 そして、腕の中娘はこうして煽る。

 いや、きっとこれは信用されているのだろう。

 ニーベルンのたった一つの願いを叶えると、信じているのだ。

 仲間たちの心地よい騒がしさに包まれながら、俺は苦笑する。

 こんな日常こそが彼女の望んだものなのだと思うと、なおさら愛おしさが増した。


「さあ、そろそろ『ヴィルムレン島』だ。みんな、準備はいいか?」


 俺の言葉に、仲間たちが頷く。

 初めての場所。何が起こるかわからないが、何が起きてもみんな一緒だ。

 だから、俺は空に向かって口を開く。


「よし、慎重に楽しもう」


 俺達の物語がどこかにいる彼女に届くように願って、俺はいつもの言葉を口にするのだった。





(あとがき)

ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。

ユーク達の旅はまだまだこの先も続きますが、語られるのはここまでとなります。

いずれ機会があれば、彼等の冒険物語をまた語る機会があるかもしれませんが、ひとまず物語はここで閉幕と相成ります。


あなたもまた、旅の仲間でした。

――『あなたのための物語』はいかがでしたでしょうか?

少しでも心に残る物語となれたならば幸いです。







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