第53話 隠し事と最奥

 どこか『透明な闇』に似た星空のような空間をレインと二人歩く。


「こっち、だね」

「ああ、気配が近い」

「うん。みんなも、同じ、方向」


 手に握りしめた【探索者の羅針盤シーカードコンパス】を見て、レインが小さく頷く。

 その針がさす方向に『深淵の扉』があるはずだ。


「階段だ」

「うん。でも、ちょっと……ヘン、だね」


 いつのまにか、暗闇の中にまるでガラス板を螺旋にしたような階段が出現していた。

 そばまで行って下を覗き込むが、それは深淵に延々と続いていて底は見えない。

 つまるところ、実際に階段という訳ではないのだろう。


 世界の境界線があいまいになって、『塔』たる『無色の闇』がその深奥に俺達を誘うもの。

 俺達がここを迷宮ダンジョンだと認知しているからこのような形で顕れているに違いない。


「行こう、レイン」

「ん。はい」


 微笑んで、手を差し出すレイン。

 なんだか気恥ずかしくもあるが、それが自然な気がして俺はその手を握る。

 手をつないだまま、俺達は階段に一歩踏み出す。


「不思議な感触だ」

「うん。踏み心地、クセになる、かも」


 硬いのか柔らかいのかよくわからない感触の階段を、手を繋いで下っていく。

 下りながら、他愛のない話を俺達は楽しんだ。

 そのほとんどは思い出話で、ときどき未来の話だった。


「ね、ユーク」

「どうした?」

「顔に、出てるよ」


 そう言われて、思わず顔に触れ……それがレインのカマかけだと気が付いたときにはもう遅かった。

 いつも言われていることなので、すっかり俺は素直になってしまっていたらしい。

 こんな時に誤魔化すこともできないなんて。


「なに、隠してるの、かな?」

「……言えない」

「ボクにも?」

「君にもだ」


 言えるわけがない。嘘をつかないために黙っていたなんて。

 だが、それをレインや仲間たちに告げるわけにはいかなかった。

 きっと、言えば怒るだろうし……後で愛想を尽かされるかもしれないけど、こればっかりは俺の独断でやらせてもらわねばならない。


 いや、わかっている。

 俺の独断と先走りは毎度のこと。


 『クローバー』で共有するべきことだというのは、十分に理解している。

 だが、やろうとしていることはひどく危険で、みんなに反対されることは確実だ。

 それでも「やる」という俺に、きっとみんなは、進んで巻き込まれようとしてくれるだろう。


 今回の……いや、いつものように。


 だから、黙っていた。

 そんなことは、俺がどうしても彼女たちを巻き込みたくなかったから。

 彼女たちがそばにいて想ってくれるのと同じように、俺も彼女たちを愛している。

 仲間としても、友人としても、それ以上の存在としても。


 

 だからこそ、最後の最後まで黙っているべきことなのだ。

 これがきっと最後のわがままになるのだから。


「いまなら、ボクだけ、だよ」

「……」


 温もりもった悪魔のささやきが、隣から発せられる。

 先ほどから、同じことを考えてはいた。


 ──レイン。


 元教え子で、仲間で……俺の理解者。そして恋人。

 俺の全てを知るべき女性ひと

 何も隠さず、何も隠されず、何もかもを共有できると信じている存在ひと

 そして、独り善がりな決心を鈍らせてしまう大切ひと


「ほら、悩んだ顔に、なった。そんなの隠して、冒険、してたの?」


 小さく苦笑したレインが、俺の腕を抱く。


「ボクにも、言えないこと、なんだね?」

「本当は言ってしまいたいけど。でも、そうすると俺はまたみんなに甘えてしまう」

「もっと、甘えればいい、のに。ユークは怖がり、だね?」


 レインの言葉に、俺は頷く。


「ああ。怖い。君達が失われるのが怖い。この日常が失われるのが怖い。冒険が終わってしまうのが怖い。君達とずっと一緒に居たいし、ずっと笑顔でいたい。幸せでいたい。わがままで怖がりな自分が情けないよ、俺は」


 堰を切ったように、言葉が溢れる。

 知っていて欲しいと思った。俺の望みを。

 みんなを愛しているということを。


 俺の決断がたとえみんなへの裏切りであったとしても、希望ある選択だということを。


「わかった。じゃ、聞かない」

「……いいのか?」

「言いたくないん、でしょ? だったら、いい」


 ゆっくりと階段を下りながら、レインが微笑む。

 納得したのだろうか、彼女の足取りはどこか軽やかに見えた。

 反面、俺の足取りは重く、一歩ごとに気分が落ちていく気がする。


 きちんと考えて、気持ちを整理して、それでもうじうじと悩んで……そして、決意したはずなのに。

 こうして、彼女のぬくもりに、優しさに触れたことでまた揺らいでいる。

 なんとまぁ、情けないことだ。


「ん、そろそろ、かな?」


 長かった階段の終わりをレインが指さす。

 視線を向ければ、あと数十段というところで階段は途切れ、目指す『無色の闇』の最奥が見えていた。


 景色はやはり変わらず、星空のように光がきらめく透明感のある闇のままだが、向かう場所には仲間たちの姿があった。


 マリナの鎧は少し汚れているが元気そうだ。

 シルクも少し消耗した様子ではあるが、こちらを見つけて手を振っている。

 ネネも無事だ。よかった、心配していたんだ。

 ジェミーは座り込んでいる。顔色が悪いが大丈夫だろうか。


 ニーベルンも大丈夫そうだ。〝黄金〟の力を使っているのか、うっすらとした光が身体から発せられている。

 そして、その傍らには叔父が──サーガ・フェルディオが静かにたたずんでいた。


 階段を下りきって、俺はみんなに近づく。


「みんな、お待たせ」


 俺の言葉に立ち上がったマリナが、久方ぶりのダッシュハグを敢行し、俺は床に倒れ込んだ。

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