第43話 違和感と残響

 食事と睡眠をたっぷりととった俺達は、再び迷宮ダンジョンを進んだ。

 階段を降りることで『階層スキップ』ができるかと思ったが、そうはいかないかった。

 いや、現象自体は起きたのだ。

 ただ、俺達が求める結果とはならなかった。


「……うーむ。どう思う? ルン」

「わからないです。でも、この気配……あの人たちは影の人シャドウストーカーだと思う」


 長い階段を降りた先には小さな木製の扉があった。

 珍しいことだが、迷宮によってはこういうこともある。

 それにここは全ての可能性が混沌と渦巻く『塔』の一部だ。

 何があったっておかしくない。


 そう、おかしくはないのだ。


 しかし、目の前の奇妙すぎる光景を目の当たりにすれば、甘く見ていたと反省せざるを得ない。


「ここ……冒険者ギルドだよね?」

「いや、ここは迷宮の中だ」


 マリナに答えつつも、階段下の様子をうかがう。

 その階段すら、いつの間にか木製のものに……これまで何度も上り下りしたフィニス冒険者ギルドのダークウッドの階段へと様変わりしていた。

 階下から聞こえるのは、慣れ親しんだ喧噪だ。


「……ね、あれ……!」


 一緒になって階下を覗き込んでいたレインが、俺の袖を小さく引いて指さす。

 視線をそちらに向けると、そこには信じられないような人影が見えた。


「ッ!? どうなってるんだ……?」


 中央に配置された大型タブレットがよく見える壁際にある、少し大きめの丸テーブル。

 そこに座っているのは、数人の冒険者だ。


 『騎士』サイモン。

 『戦士』バリー。

 『僧侶』カミラ。

 『魔法使い』ジェミー。

 そして、『赤魔道士』ユーク。


 今はもう存在しない、『サンダーパイク』というAランクパーティの姿がそこにあった。


「あれ、アタシ達……?」

「いいや、俺達ではないな。あんな光景、あり得ないよ」


 ジェミーの言葉に俺は首を振る。

 あれが俺達であるはずなどない。


 依頼達成の打ち上げだろうか。

 『サンダーパイク』に見える彼らはお互いを労い、笑い合っている。

 バリーなど、俺の肩を叩いて酒を注いでいるではないか。

 あの男が俺に対してこんな態度をとったことなど、一度もない。


 だが。だが、だ。

 俺がかつて夢見た景色でもある。

 『無色の闇』が構築する以上、これもありえた可能性の一つなのだろう。


 俺は──俺達は、どこかでここに至る道を違えた。

 それが何であるかなどわかりはしないし、今更死にたくもないが。


「あの、ユークさん。こんな状況なんですけど……わたくし達は、うまくやったのかもしれません」

「……?」

「『王廟』から『フィニス』へと、階層を越えたんです」


 シルクの言葉に、乱れた心が冷静になっていく。


「なるほど。なら、どっちにしろここを突破しないといけないな」

「どういうこと?」


 マリナはいまいちわかってなさそうだ。


「思い出してくれ。フィニス冒険者ギルドの地下には何がある?」

「……あっ」


 そう。

 フィニス冒険者ギルドは『塔』たる迷宮──『無色の闇』への入り口を封鎖し、監視するために設置された施設だ。

 ここまで詳細に『フィニス』を再現しているのだから、当然『無色の闇』への入り口である大空洞もある可能性が極めて高い。

 このまま酒場のある一階を通り、奥にある地下大空洞へ向かえば、俺達は今回の攻略の本丸である『無色の闇』へ向かうことができるはずだ。


「酒場にいる冒険者……影の人シャドウストーカーは全部で三十ほどか」


 サポーターの癖だろうか。

 冒険者ギルドの酒場にいる人数を口に出してしまえば、今がおよそ何時くらいなのかわかってしまう。

 おそらく、午後三時前後。

 そうすると、きっとあそこにいる『サンダーパイク』は昨日攻略を終えて、午前の乗合馬車で『オーリアス王城跡』迷宮から帰ってきたのだろう。


 あそこは希少な魔法道具アーティファクトや宝物が産出する迷宮ダンジョンだ。

 いつも、取り分でもめて……いつも俺は、ないがしろにされてたな。

 赤魔道士礼装ウォーロック・アタイアの袖をなぞりながら、思い出したくもないことを思い出してしまう。


 ──「雑用風情が偉そうに!」

 ──「役立たずが一人前に分け前をねだるのかい?」

 ──「はあ。大した貢献もせずに金、金と浅ましいですね」


 脳裏に響くのは、かつての仲間たちの声。

 懐かしさなどはない。ただただ、薄暗く、重く、苦い。


「ユーク? 大丈夫?」

「あ、ああ。大丈夫だよ」


 黙り込んでしまった俺の顔を覗き込んで、レインが心配げに瞳を揺らす。

 隠し事はできないと知ってはいても、強がりは必要だ。


「フィニスの幻影にある役者キャストとして存在しているなら、何食わぬ顔で通り過ぎられないだろうか?」

「確かにこの人数を相手にするのは厳しいですね」

「広域魔法で、吹き飛ばす?」


 レインの提案は乱暴だが、不意打ちできるというメリットはある。

 さりとて、その後は混戦になってしまうので、リスクも高い。


「……内装や顔ぶれ的に数年前の冒険者ギルドっすね。私が行くっすよ」

「大丈夫なのか? ネネ」

影の人シャドウストーカーが役に徹するなら、私のことは知らないはずっす。それに、襲われても私なら脱出可能っすから。ここに隠れててくださいっす」


 外套を羽織ったネネが、目配せして階段を降りていく。

 結果はすぐにわかった。


「おう、ねーちゃん。見ねぇ顔だな」

「自分っすか? 最近フィニスに来たんすよ。アンダレは仕事が少ないっすからね」

「アンダレからか! あっちは治安もわりーし、ねーちゃんみたいなかわいこちゃんには生きにくいだろうな。ようこそ、フィニスへ。歓迎するぜ!」


 影の人シャドウストーカー扮する〝出迎え〟のウィルソンがニカッと笑う。

 二年前にしくじって死んだ、フィニス冒険者ギルドの有名人。


「大丈夫そうですね」

「よし、行こう。ジェミー、俺達はフードで顔を隠そう」

「〈姿隠しインビジブル〉は?」

「それも考えたがよした方がいいと思う。ここがフィニスの写し見というなら、ルールに違反するわけにはいかない」


 フィニスは街中での魔法使用は基本的に禁止である。

 冒険者ギルドには〈姿隠しインビジブル〉などの魔法に対する防備も存在する。

 バレれば騒ぎになるのは間違いない。


「よし、いくぞ……!」

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