第44話 夢と偽り

 迷宮の中だというのに、奇妙に懐かしい冒険者ギルドの酒場を進んでいく。

 酒をあおり、肉を食む冒険者たちは冒険談議に花を咲かせており、俺達には目もくれない。

 彼らが全て影の人シャドウストーカーだなんて、信じられない気持ちだ。


 中には、退してしまった冒険者の姿もある。

 〝出迎え〟のウィルソン。

 〝大ぼら〟のビッグロッド。

 〝溢れる魔力〟のマザアラ。

 どれも、もう見ることが叶わない懐かしい顔ぶれだ。

目立たぬよう、ゆっくりと酒場を進む俺達。


「……ん? そこのあんた」


 そんな中、最後尾を歩く俺に声をかけてきた者がいる。


 ──サイモン・バークリー。


 俺の幼馴染で、元パーティメンバーで、敵で……俺が殺した男。

 よりにもよって、という気持ちを抑え込んで俺は足を止める。

 仲間たちも足を止めるが、アイコンタクトで先に進むよう促す。

 俺一人なら何とでもできるからな。


「なにかな?」


 無視してもよかったはずだ。いや、本当はそうするべきだった。

 だが、立ち止まってしまった。

 自分でも、どうしてなのかはわからない。


「その装束、赤魔道士のものだろう? 魔法道具アーティファクトの名品と見た。どこで手に入れたか教えてくれないか? うちの赤魔道士……ユークにも似合いそうだと思ってさ」

 

 サイモン。

戦利品の出どころを尋ねるのはマナー違反だぞ。

 まったく、お前ってやつは……。


思わず、いつもの小言が口を突いて出そうになった瞬間、俺と同じ声がサイモンをいさめた。


「サイモン。戦利品の出どころを尋ねるのはマナー違反だぞ。──すまないな。サイモンはときどき周りが見えなくなる悪癖があるんだ」

「僕からも謝罪させてくれ。赤魔道士の装束は珍しくて、つい……」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」


 俺の答えに、『サンダーパイク』が小さくわく。


「これは『オーリアス王城跡』迷宮の十階で手に入れたものだよ」

「お、丁度いいじゃねぇか。次の攻略で手に入るかもしれねぇぞ」

「ああ。有益な情報をありがとう──ええと」

「巷では〝赤魔道士ウォーロック〟で通ってる」

「僕はサイモン。まだまだ駆け出しだけど……いつかAランクになる男だよ」


 サイモンの名乗りに『サンダーパイク』の面々が吹き出す。


「またそれかよ!」

「サイモンったら、そればっかり。でも、嫌いじゃないわ」

「でも、恥ずかしいじゃないですか」


 バリーが腹を抱えて豪快に笑い、ジェミーとカミラは控えめに笑みをこぼす。


「そんなに笑うなよ。ユークと一緒に『深淵の扉アビスゲート』に向かうにはAランクにならなきゃならないんだぞ」

「俺達ならできるさ。……だろ?」


 どこか自信に満ちた目の俺が、そう告げると『サンダーパイク』の面々が各々頷く。


「行けるといいな。『深淵の扉アビスゲート』」

「ああ。僕たちの夢だからね。必ず行ってみせるさ!」


 そう笑うサイモン。そして『サンダーパイク』の元仲間たち。

 あったかもしれない可能性に、俺は思わず口角を上げてしまう。


 もはや、訪れぬ光景。選択され、剪定された過去。

 懐かしく、羨ましく、悲しい。


 頬を伝う涙に気が付いて、俺は小さく自嘲する。

 たかが影の人シャドウストーカー達の演じる茶番に何を感傷的になっているのかと。

 しかし、それでもこの光景は少しばかり眩しい。


 あそこに座る『俺』は、とても幸せそうだったから。


「じゃあな。サイモン」

「ああ! また会おう〝赤魔道士ウォーロック〟」


 再会の言葉を交わして、俺は足早に仲間たちを追う。

 もはや再会することなど叶わないと知りながらも、俺の胸中はどこかすっきりしていた。

 少しばかりの後悔はずっとあったのだ。


 あのように敵対はしても、同郷の幼馴染で冒険者を夢見た仲間でもあった。

 冒険者を二人ではじめ、駆け出し時代を共に過ごし、多くの危険をも乗り越えもしたのだ。

 あの日……呪いを放ちはしたが、憎しみが全てではなかった。


 だから、ここにいるサイモンがたとえ影の人シャドウストーカー演じる彼であっても、別れの言葉をはっきりと交わせたことは俺にとって意味あることだったと思う。

 〝一つの黄金〟になり果てたサイモンは返事をくれなかったしな。


「待たせた」


 追いついた俺を仲間たちが心配そうな様子で見る。

 俺にとってサイモンという存在が大きなトラウマであることを知っているから。


「いかがでしたか。『サンダーパイク』は」

「ああ──気のいい連中だったよ」


 自分で口にしておいて、思わず小さく噴き出してしまう。

 まさか『サンダーパイク』を「気のいい連中だ」などという日が来るなんて、思いもしなかった。

それが世界の端が見せる、あり得はしない夢の中だとしても。


「こっちのアンタは、楽しそうだったわね」

「ジェミーはイメージ変わらないな」

「なによ。でも、うん……無理はしてないわね」


 お互い、『サンダーパイク』に苦い記憶を持つ者同士だ。

 この偽りの世界に再現された『サンダーパイク』に思うところもある。

 しかし、仲間たちの顔を見れば『この可能性』についての羨ましさなど、霧消してしまった。


 俺達は、今まさに夢の『深淵の扉アビスゲート』に向けて、最高の仲間たちと共に迷宮ダンジョンを攻略中なのだ。過去を振り返ってなどいられない。


「行こう。……さて、地下の見張りはいるかな?」


 俺の言葉に、ネネが少しばかり顔をげんなりさせる。

 この先……『地下大空洞』への入り口があるのは、ギルドカウンターを抜けた先の小部屋だ。

現実のフィニスであれば、受付嬢であるママルさんがいる場所。


「最悪、強行突入するしかないが……できれば、このまま穏便に忍び込みたいな」

「注意深くいきましょう。ネネさんはフードを被っていてください」

「そうさせてもらうっす」


 フードを目深にかぶったネネが、こそこそと忍び足で先頭を行く。

 だが、その努力は次の瞬間……水泡に帰すのであった。

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