第40話 歪む『王廟』と裏返った者達

 モザイク模様となった『王廟』の中を、俺達は慎重に進んでいく。

 内部は薄暗いものの、視線を拒むほどではない。


「方向的にはこっちっすけど……この先は影の人シャドウストーカーがいたっす」

「やはり内部にもいるか」


 あれが『透明な闇』に侵された存在である以上、内部にもいるだろうとは思っていた。


「敵は三体。避けることはできないっす」

「なら、叩いて進むしかないな」


 俺の下した決断に、仲間たちが小さくうなずく。


「作戦はどうしますか」

「部屋の大きさは?」

「この通路の五倍くらいっすかね。マリナさんの刀を目いっぱい振り回しても問題ないっす」


 で、あれば……。


「レインとジェミーの魔法で先制攻撃後、マリナに行ってもらおう。俺とシルクはその牽制と補助。ネネは遊撃してくれ」


 不意を打てる段階であれば、これで仕留められるかもしれない。

 影の人シャドウストーカーは手強い相手だが、魔獣ほどに頑丈でもない。

 初動でミスをしなければ、そう苦戦しないはずだ。


「ボクは、〈火球ファイアボール〉を、使う。ジェミーさん、は?」

「派手な魔法は好きだけど得意じゃないの。だから〈魔法の矢エネルギーボルト〉でいくわ」


 ジェミー返答に、少しばかりの違和感と不安。

 〈魔法の矢エネルギーボルト〉は、赤魔道士の俺でも使えるような第一階梯の攻撃魔法だ。

 修練にもよるが、さほど高威力という訳でもない。

 それに、ジェミーは第三階梯魔法が使えるのを俺は知っている。

 『サンダーパイク』時代は、高威力の〈火炎投槍フレイムジャベリン〉や〈光輝の矢シャインボルト〉を好んでいたはずなのだが。


「大丈夫、まかせて」

「……わかった」


 少しばかりの不安はあるが、ジェミーがこういうのであれば信じる。

 あの頃よりも鍛えられたジェミーの魔法の腕に期待させてもらうとしよう。


「……あそこっす」


 身を潜めて乗り出した通路の先、直立不動の黒い影が三体立っていた。


「──〈火球ファイアボール〉」


 詠唱を終えたレインの〈火球ファイアボール〉が部屋の中央で爆発して迷宮の空気を揺らす。

 しかし、炎に包まれた部屋の中で三体の影はまだ立っていた。


「いくわよ……ッ! 〈魔法の矢エネルギーボルト〉!」


 影の人シャドウストーカーが動き出した瞬間、ジェミーの魔法が放たれた。

 五本もの〈魔法の矢エネルギーボルト〉出現し、影の人シャドウストーカー達を貫く。


「すごい……!」


 思わず声が漏れる。

 同時にジェミーの才能に少しばかり嫉妬した。

 いま彼女が行なったのは、俺が成しえなかった技術だ。


「まだッ!」


 三体のうち、二体の影の人シャドウストーカーは崩れ落ちたが、一体はこちらへ向かってきている。

 だが、それはマリナの構える【ぶち貫く殺し屋スティンガー・ジョー】のいい的だった。

 勢いよく放たれた太矢が影の人シャドウストーカーの頭部に直撃し、貫通がてらに毟り取る。それで、終わりだった。


 ……いや、終わりではなかった。


 奥から、足音が聞こえる。

 全身鎧フルアーマー鉄靴ソルレット迷宮ダンジョンの床を踏む独特の音と共に、そいつは姿を現した。

 やや背の低いずんぐりした体形。獅子を衣装されたサーコート。握られた黒い戦斧。

 どれもこれも、見覚えがあった。


「コイツ、もしかして……!」


 マリナが黒刀を抜きながら、漏らした言葉に頷く。

 よくよく観察してみれば、横たわる影の人シャドウストーカーとて見覚えのある恰好をしている。


「マリナ、前衛に! 部屋の中に押し込め!」

「はいッ!」


 強力な踏み込みと共に、マリナが矢弾のごとき速度で通路を駆ける。

 影の人シャドウストーカーの使う、奇妙な斬撃……あれをこの狭い通路でいなすのは難しい。


「ギィイイッ!」


 マリナの体当たりを喰らった影の人シャドウストーカー──元ラフーマが、その衝撃で部屋の中ほどまでに吹き飛ぶ。

 次の瞬間、不可視の斬撃が放たれて、床を削りながらマリナを襲う。

 が、マリナはそれをさらりと避けて黒刀を構えなおした。


「不意打ちでもなきゃ喰らわないよ!」

「シィィィッ!」


 再度斧を振り上げようとするラフーマの腕にシルクの放った矢が三本刺さり、即座に凍り付かせる。

 加えて、ネネの放った苦無が鎧の隙間を抜いて、目を貫いた。


「もらった!」


 その瞬間、魔剣化の黒い輝きを纏ったマリナの太刀がラフーマを袈裟懸けに裂く。

 『魔剣士』と『侍』、ともに〝斬る〟ことに特化した彼女の一撃は、全身鎧フルアーマーなどものともせずに、鮮やかに振り抜かれた。


 断たれた影の人シャドウストーカーの上半身がずるりと床に滑り落ち、戦いは終わった。


影の人シャドウストーカーになってもしつこいんだから」


 一振りして黒刀についた血を払ったマリナが、吐き捨てるように呟く。


「周辺、クリアっす」

「よし、戦闘終了。損耗確認を」


 警戒を解いて、仲間たちに向き直る。


「損耗なしっす!」

「氷の矢を三本損耗。残り十五本です」

「【ぶち貫く殺し屋スティンガー・ジョー】の太矢、一本。残り九本! 魔力、ちょっと消費」

「魔力、問題、なし」


 仲間たちの報告に一つ一つ頷いて、傷などがないかもチェックしていく。

 連携は取れていたし、増援にもスムーズに対応できていた。


「ジェミーは?」

「あ、えっと……魔力、ちょっとだけ」

「了解」


 『サンダーパイク』時代にはなかった返答に、俺は少しむず痒くなりながら〈魔力継続回復リフレッシュ・マナ〉の魔法を使った。

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