第31話 朝日と約束
数日後。
朝焼けが差し込む『死の谷』を俺と叔父は眺めていた。
小高い位置にある『ラ=ジョ』からは、半球状に広がる『
朝日の眩しい光すら吸い込んでしまう『
「もう準備はいいのかい? ユーク」
「もちろん。覚悟も決まったよ」
俺の返事に口角を釣り上げる叔父。
「ここのところで、さらにいい男の目になった。何かきっかけでもあったのかな?」
「そこは深く掘り下げないでもらえると嬉しいかな。いろいろあるんだよ、俺にも」
「くくっ」
俺の曖昧な返答に、小さく笑いを漏らす叔父。
この調子だと、何もかも知っていそうな気もする。
そんなことを考えながら、俺はここ最近……叔父が現れてからの事を振り返った。
いろいろと肝が冷えたり、抜かれたりするような出来事もあったが……おおむね、いい時間だったと言えるだろう。
このタイミングで恩人でもある叔父に再会できたのは僥倖だった。
様々な知識の確認や補填ができたし、お互い約束の酒を酌み交わすことができた。
死地に飛び込むに引っかかっていた心残りも一つ消え、心が少し軽くなったように感じる。
「僕はこれからフィニスに向かうよ。ベンウッドを連れてね」
「了解。気をつけて」
フィニス地下に広がる……いや、存在する『無色の闇』──『塔』。
叔父は、あそこに再度挑む。
ベンウッドやママルさんといった、かつての仲間たちと共に。
ちなみに、どうやってフィニスに行くのかと尋ねてみると「特別な
是非見せてもらいたかったが、残念ながら見せても教えてもくれなかった。
最初から秘密の多い叔父の事だ。追及するだけ無駄だろう。
いまは、その手段が叔父にはあるという事だけ理解していれば、問題ない。
「いいかい、ユーク。お前の選択は間違っていないけど、間違えちゃいけないこともある」
「?」
言葉遊びのような何かを口にする叔父に、俺は首をかしげる。
「この世界を救うために動くのは間違っちゃいない。ここは僕らの世界だ。守るだけの価値がある。でも、自分の為に世界を捨てる選択肢もあるってこと」
上る朝日を眩し気に見ながら、叔父は続ける。
「世界の為に犠牲になる必要はない。特に僕ら
「はい、先生」
自然と、この言葉が口を突いて出た。
災害孤児となった俺を引き取って、フェルディオ家に連れて行ってくれたのも叔父で、俺に冒険者という道を示してくれたのも。
──「訓練の間、僕のことは先生と呼ぶように」
そんな言葉が、脳裏に小さく響く。
まだ、幼いころの……さりとて、俺の夢と行く道を決定づけた日々の思い出。
それが、諭すような叔父の言葉でふと甦ってしまった。
「懐かしい呼ばれ方だ」
「おじさんは、いつもこうして俺に道を示してくれるからね」
「そうも言ってられないぞ。もうお前には、お前が道を示すべき仲間たちがいるだろ?」
叔父の言葉に深くうなずく。
そう、俺は『クローバー』のリーダーなのだ。
俺に向けられた信頼、預けられた命、そして覚悟を背負わねばならない。
「わかってるさ」
「ならいいんだ。ユーク、やろう。僕たちで世界を救うんだ」
そう告げて、叔父が明るく笑う。
「偉そうなことを言ったけど、ここから先は同じ迷宮に──『塔』に攻略を仕掛ける仲間だ。潜る地点は違うけどね」
「任せて。こっちは俺達で何とかするよ」
「頼む。ウェルメリアを含む各国もすでに動き出してる。僕たちがキーになる」
叔父の言葉に頷いて、『死の谷』を飲み込まんとする『王廟』の『
『
この世界の根幹迷宮である『無色の闇』が、暴走を始めている証左だ。
これに対して、ウェルメリア王はすでに『
おそらくだが、冒険者ギルドもフル稼働で依頼を発行して、冒険者を派遣しているはずだ。
だが、これはその場しのぎにしかならない。
根本的には『
そして、何故だろう……それは、俺がするべきだという運命的なものを感じている。
先日、叔父にそれを話すと、「
使命や運命なんて言葉はあまり好きではない。
それらは理不尽や不幸を、誰かに押し付けることが多いから。
だが、と俺は思い直す。
あの日、マリナに声をかけられたことも、元生徒たちと『クローバー』を結成したことも、夢を語り合ったことも、その夢に進んでいくことも……そして、今、夢に立ち向かうことになったのも、運命だったというなら、そう悪いものでもない。
〝勇者〟の使命だとか、世界の命運だとかはいまふぁにピンとこないものがある。
重すぎるし、スケールが大きすぎるのだ。俺個人に背負えるものではない。
ただ、悩むうちに気が付いた。俺がどうしたいのかを。
俺はただ、彼女たちと出会い、ともに生きていくと決めたこの世界が大切にしたいだけなのだ。
だから、できることをする。俺ができる精一杯を。
死後の世界まで共に在るとまで言う、頑固で愛すべき彼女たちと一緒に。
押し黙った俺の肩を軽く叩く。
緊張しているように見えてしまったのかもしれない。
「ま、どんとかまえているといいさ。大まかなところは僕たちに任せておけばいい。これでも『無色の闇』踏破者なんだよ?」
「そっちは心配してないよ。ベンウッドはともかく、おじさんとママルさんが失敗するところなんて想像もできない」
「ベンウッドはあれでデキる男さ。年食って耄碌してなきゃね。さぁ、それじゃあ、僕は行くよ。うまくすれば、『
そう告げたおじさんは、俺の返事も聞かずにふわりと空気に溶けるように姿を消した。
同時刻、『ラ=ジョ』のギルド建屋に詰めていたベンウッドの姿が消えたという騒ぎ俺が知るのは、このもう少し後のことだった。
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