第23話 大切なものと愚か者

 なにやら、揉めているようだ。

 そして、その中心に見えるのは……特徴的な赤髪が美しいうちのパーティメンバー。


「あれ、マリナお姉ちゃんじゃない?」

「そう見えるッ! ここで待っててくれ」


 ニーベルンの背中を軽くさすって、俺は駆け出す。

 どうにも剣呑な様子だ。ニーベルンを連れて割り込むのは状況にそぐわない気がした。


「どうした。私の妻に何用か」


 初めて使う言葉と言葉遣いだが、思ったよりスムーズに口から出てくれた。

 脳内でトレーニングしていた成果が出たな。

 まさか、本当に使うことになるとは思わなかったが。


「……ユ、ユーク!」


 殺気のこもった表情をしていたマリナがぱっと明るい顔を見せ、そのまま顔を赤くして照れた。

 そういう顔はやめてくれ。ポーカーフェイスが保てなくなる。


「貴様、フェルディオ卿……」

「ラフーマ殿下か。彼女が何か粗相でも?」


 マリナと対峙していたのはラフーマ王子であった。

 『反転迷宮テネブレ』出現後もラ=ジョに留まっているが、会議にも出ずまるで他人事の彼は、ここでは些か邪魔者扱いされている。

 とにかくマストマ王子の足を引っ張ることしか考えていない彼は、不安を煽る風説を持論として流布したり、王権で以て自分勝手に振舞ったりするのでこの街ではひどく疎まれている。

 そして、その空気がより彼を横暴にさせているようだ。


「自分の立場と仕事を全うしろと言っていただけのことだ」

「ユーク。こいつ、あたしに指揮下に入れって……」


 珍しく俺の後ろに隠れたマリナが、小さく事情を口にする。

 さて、どういうことやら。


「彼女の仕事は私の指揮のもと冒険者として動くこと。勝手なことをされては困る」

「いいや、違うな。この危機的状況下において、全ての指揮権はこのオレにある」

「この街の管理者はマストマ殿下であり、そして、我々はウェルメリア王直下、王命を受けたAランクパーティです。我々に何かを依頼したいのであれば、まずはマストマ殿下を通すのが筋というものでは?」


 俺の言葉に、ラフーマ王子が顔を歪める。

 この怒りっぽさで軍の……ましてやいずれは国のトップに立とうだなんて。

 彼はもう少し自分を見直した方がいい気がする。


「貴様らは専門家なのだろう? で、あれば……打って出るオレの傘下にあるのが当然だろう!」


 何が当然なのか全く理解が及ばないが、それよりも気になることを口にしてくれた。


「打って出る?」

「オレはマストマやお前たちのような臆病者とは違う。たかだか魔物の巣だろう、わが軍で踏みつぶせば問題ない」


 ろくに会議にも出ない人間が伝聞で物を聞くからこういう理解になる。

 しかも、それを根拠にして軍を動かすなど愚の骨頂だ。

 魔物の動き那活発ないま、町の守りに人員を割かねばならないのに。


 喉まで湧き上がった特大のため息を何とかこらえて、俺はマリナの腰に手を添える。

 妻たる女性のエスコートは少し大げさに行うのが、サルムタリア風の意思表示であると聞いたので、これも練習した。

 周囲に「自分のものである」とアピールするのが習わしなのだそうだ。


「そのような粗雑な作戦に我々は同意できない。失礼させていただく」

「なにを……ッ! 貴様」

「兵を無駄死にさせたくないなら、もう少し情報の収集はしっかりと行ったほうがいい。いくぞ、マリナ」

「う、うん」


 ラフーマ王子とその取り巻きを残して、俺とマリナはニーベルンの元へ戻る。

 そして、そのままフェルディオ邸へと足を向けた。

 さすがにああまで啖呵を切っておいて、マストマ邸に向かうのはトラブルを引き起こす気がする。


 マリナも送っていきたいし、ほとぼりが冷めてから向かうとしよう。

 それに、どちらにしても仲間たちと情報を共有する必要がある。

 順序が少しばかり変わっただけだ。


「……ありがと、ユーク。ちょっと、怖かったんだ」


 隣を歩くマリナが、珍しく弱気な様子を見せる。


「どうした? 何か言われたか?」

「あの、ね。あいつ……あたしの胸を見てた」


 引き返して呪いの一つでも投げてやるべきだろうか。


「ごめん、大丈夫。その、そういうのにも、ちょっとは慣れてるし。でも、囲まれてオレのものになれとかって言ってきて……ちょっとだけね、怖かったの」

「マリナ。ニーベルンと一緒に屋敷に戻っててくれ」

「ユーク?」


 ガラではないと思う。

 さりとて、それを〝なあなあ〟で済ませるほど甘いわけではない。

 つまるところ、俺は……俺達はあの男に舐められており、その結果、マリナが理不尽な目に遭うところだった。

 あの時、俺が通りがからなければ人数に任せてマリナがさらわれていたかもしれないのだ。


「マストマに報告することがあるんだった。だろ、ルン」

「うん。マリナお姉ちゃんと一緒に帰ってるね」


 相変わらずニーベルンは聡い。


「ちょっと行ってくるよ」


 二人に軽く手を振って、俺は来た道を引き返す。

 胸の奥で、小さく暗い炎が揺らめいている。

 それに呼応するように、頬に痛みにもならない違和感を感じながらも俺は足を進める。


 少しばかり道を戻れば、すぐさまマストマ邸が見えてきた。

 当然、いまだ件のバカ王子はそこにいたまま。


「んン?」


 俺の姿を捉えたらしいラフーマ王子が、にやりと口角を上げる。


「どうした? 謝罪か? お前に不相応な妻どもを差し出す気になったか?」

「……」

「異国の女も悪くない。なにより、マストマの奴が持っていてオレが持っていないというのも癪に障るしな」


 話し合いの余地すらなさそうな態度に、俺は小さくため息を吐く。

 それが気に障ったのか、筋肉質な小男が凶暴な顔で近寄ってきた。


「何とか言ったらどうだ? 偉ぶった若造が。お前など、この場で捻り殺してもいいのだぞッ!」

「次」

「は?」

「次、俺の家族なかまに手を出したら、それ相応の対価を払ってもらう。あなたが、誰であっても関係ない」


 できるだけ冷静に、平坦に言葉を紡ぐ。


「貴様ぁッ! 不敬で愚か、死に値する! 裂き殺せ!」


 怒号のごとき叫び声と同時に、周囲の兵たちが俺を取り囲む。

 本当に短気で愚かなことだ。

 仮にも魔術師が、なんの仕込みもなく姿を晒すと思っているなんて。


「仕掛けてきたのはそっちだからな」


 そう小さく呟いて、俺はいくつかの魔法をラフーマの取り巻きに向かって放った。

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