第9話 到着とトラブル

「さて、この状況をどう見る? ユーク」

「そういう思惑がどうのこうのってのは、貴族でやってくれ」

「残念ながら、今はお前も貴族だぜ」


 ベンウッドに軽く論破されて小さくため息を吐く。

 周囲には手に手に武器を構えた荒くれたちが、目をギラギラさせてこちらを見ていた。

 当然、マストマ王子が寄越した迎えではない。


「いけますか?」

「戦闘は久々ですが、さて……」


 俺の背後で短杖ワンドを隙なく構えるボードマン子爵が、小声で答える。

 なかなか、厳しい状況だ。

 まさか、野営の準備中に山賊に出くわすとは。


 そう、だ。


 タイミングが良すぎる。

 こちらの動きを知っている何者かが仕組んだのではないかと疑わしいくらいに。

 単純に俺達の運が悪かったという可能性もあるが。


 こちらを取り囲む数はおよそ三十人ほど。

 対して、こちらの戦闘要員は『クローバー』とベンウッド、ボードマン子爵、ジェミー。

 後は少々の兵士のみ。彼等には非戦闘員のカバーに入ってもらわねばならないので、実質的に動けるのは俺達だけだ。


「ファル・ダアン・アマス! ハドィ・カレ・ヂル!」


 戦斧を肩に担いだ髭面の大男が、にやりと口角を上げる。

 指示を飛ばす様子から、この男がリーダーだろう。


「こいつ、なんだって?」

「ええと、どうやら俺達を殺すといっているようだ」

「そうか。山賊だよな?」

「間違いない。もし、王子の兵ならウェルメリア語を使うだろ」


 俺の言葉に「それもそうだ」と頷いて、ベンウッドが一歩前に出る。


「アディガ! マク・ラ!」

「わっかんねぇよッ」


 乾燥して固まった地面がベンウッドの足形に凹む。

 運の無い山賊だ。こいつを怒らせると、ひどく厄介だぞ。


 次の瞬間には、山賊のリーダーがひどい状態で宙を舞っていた。

 ちらりと後ろを振り返ると、ジェミーがニーベルンの目をしっかりと隠している。

 さすが、よくわかっているじゃないか。


「……」


 断末魔もなく山賊のリーダーが地面に激突し、血色のぬかるみを広げる。

 それを見た山賊たちの顔からは余裕が消え失せた。


「ふー……久々で力加減を誤ったぜ。まぁ、いいか」

「そいつ、リーダーだろ。生かしておいてほしかったな」

「戦闘の基本は頭から叩くことだって教えただろ?」

「尋問は上の奴からするってのも聞いたがな」


 下っ端から得られる情報はまさに端の情報だ。

 この襲撃が仕組まれたかどうか、あるいは誰の仕込みかは主導した奴にしかわからない。


「大したことねぇだろ。オレ様と、お前がいて……たったの三十やそこらの寄せ集めだぞ? 舐めすぎだ」

「俺を数に入れないでくれ」


 とはいえ、彼等が俺達に対して大した情報を持っていないのは確かで、別の見方をすればこれがマストマ王子の裏切りでないことはすぐにわかる。

 ベンウッドがいる、というのはあらかじめマストマ王子に伝えてある話だからだ。

 マストマ王子という人は、ウェルメリアの冒険者をそれなりに研究している。

元Aランク冒険者であり、迷宮伯でもある『暴虐拳ベンウッド』がいるのがわかっていて、この程度の戦力を当てたりはしないはずだ。


 そこから考えられるのはやはりただの偶然か、あるいはマストマ王子以外の何者かの仕込みであるかだろう。

 到着しているはずの迎えが来ていないあたり、後者の可能性が高いか。


 何にせよ、山賊は一気に崩れた。

 崩れたというか、ベンウッドに踏み込まれて叩きのめされている。

 中には、迂回してこちらを狙おうという者もいたが……


「近づけさせません!」

「【ぶち貫く殺し屋スティンガー・ジョー】、ぶっぱなすよ!」


 シルクとマリナの射撃が、容赦なくそれらを貫く。

 『グラッド・シィ=イム』での経験は、彼女たちの手と精神を少しばかり汚した。

 普通、経験の浅い冒険者というのは人の命を奪うことに躊躇が出てしまうものだ。

 そこをつけ込まれて危険に陥ることも多々ある。


 だが、彼女たちはすでにその段階を乗り越えてしまっている。

 俺としては、もう少しゆっくりと経験を積んでほしくはあるのだが。


「ワ・ンク。バルヤヤアイ・ホガア・ンサマ。キルルハーフ」


 山賊に向かって俺は声を張り上げる。

 サルムタリア語での降伏勧告をした……はずなのだが、全員が顔色を悪くした。


「ユーク、間違ってる。『許しを乞え。殺してやる』に、なっちゃってる、よ」

「ええ!?」


 降伏勧告のつもりが、殲滅予告になってしまったようだ。

 完全な誤りなのだが、すでに半数は倒れているような状況なので、かえって信憑性が増してしまっている。


「タスケテ! マケル、スル!」


 山賊の一人が、武器を投げ捨てて地に臥せ、両手を頭の上で組む。

 それを見た他の山賊たちも同じくだ。


「……おい、ユーク」

「ああ。お行儀が良すぎる」


 その光景を見た俺は、ベンウッドに頷く。

 こいつら、山賊じゃない。多分。

 少なくとも、山賊風情はこんな命乞いの仕方を知らない。


 手分けして拘束したあと、ネネがこちらに駆け寄ってきた。


「この後は、どうするっすか?」

「人数が多すぎる。もう半分ほど殺しておこう」

「ちょ、ユークさん……?」


 俺らしくない答えを口にしたが、ちょっとしたはったりブラフだ。

 言葉に反応した奴を、ベンウッドが目ざとく見つける。


「そこのお前、それとお前。オレらの言葉がわかってんな?」

「……」

「だんまりか」


 ベンウッドが仰々しくため息を吐く。


「口の滑りが良くなるように片方殺そうか?」

「ひッ」


 小さな悲鳴を上げる山賊の一人を掴み上げて、ベンウッドがにやりと笑う。


「価値ある言葉を喋れよ? お前の命と釣り合うくらいのな」

「おい、ニーベルンがいるんだ。離れてやれよ? ベンウッド」


 わかっているのかいないのか。

軽く手を挙げて山賊を引き摺ってゆくベンウッドの背中を俺は、少しばかりの不安と共に見送った。

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