第10話 王子と友人

 襲撃の夜が明けた翌日。

 日の出と共に、サルムタリアの迎えが湖畔のキャンプに到着した。

 完成したばかりの橋が何者かに破壊され、遅れることになってしまったという。


 ここまでくれば、やはりこの襲撃は計画的なものだったと考えるべきだろう。


「……連れていけ。吐くまで苦しませろ」

「ま、まってくれ──ガッ」


 こめかみを戦杖で強打されうめく盗賊。

 打ったのは、マストマ王子その人である。

 俺達の迎えに、わざわざ出向いてくれたらしい。


 相変わらずフットワークの軽いお人だ。


「許しもなく口を開くか、愚か者め」


 促された兵士が、うずくまる盗賊を引きずるようにして連れていく。

 これから何が行なわれるかは想像に難くないが、きっとひどい運命が待っていることだろう。

 そんなことを考えていると、こちらに向き直ったマストマ王子が、小さく口角を上げた。


赤魔道士ウォーロック。どうやら遅れたようだ」


 マストマ王子に言葉を向けられた俺は、黙して片膝をついた。

 俺という冒険者は、今や迷宮伯という肩書を持ったウェルメリア貴族でもある。

 礼節をわきまえねば、国に迷惑をかけることになってしまう。


「不要だ、赤魔道士ウォーロック。お前とは同じ目線で話したいと思っている」

「そのような……」

「よい。むしろ、お前に礼を尽くすべきは我の方なのだ」


 腕を掴まれ、引き上げられる。


「ユーク。ユーク・フェルディオ。ウェルメリアの迷宮伯にして、〝勇者〟よ。よくぞ我が願いに応えてくれた。ようこそサルムタリアへ。歓迎する」

「借りを返しにきただけですよ、私は」


 俺の返答に、マストマ王子が肩をすくめる。


「返済過多であろう。何にせよ……此度は無事で何よりだった」

「ええ。彼らは?」

「どうも兄が差し向けた者たちらしい」

「兄、ですか?」


 俺のオウム返しに、マストマ王子が頷く。

 その顔には、心底げんなりした表情が浮かんでいた。


「我と王位争いをする兄弟は七人いてな、その内の一人ととにかく折り合いが悪いのだ」


 マストマ王子曰く、一つ上の兄が彼の事をひどく嫌っているのだという。

 幼いころからいわれなき暴力や謀略を向けられ、時には命を狙われたこともあるらしい。

 何とも、王族というのも大変だ。


「……まあ、全て返り討ちにしてやったが。しかし、そうか。此度の件……お前たちにも警戒をしてもらわねばならぬかもしれんな」

「それについて、情報共有しても?」

「我とアレとの険悪さは周知の事実よ。好きにせよ」

「ありがとうございます」


 軽く笑うマストマ王子に小さく頭を下げると、彼は小さく首をかしげて「ふむ」呟く。


「なあ、ユークよ」

「はい?」

「他人行儀が過ぎる」


 突然の言葉に、頭が疑問符でいっぱいになる。


「些か丁寧すぎるであろう? もっと砕けよ」


 無茶をおっしゃる。

 迷宮伯などとは言っても、元は田舎出身の平民冒険者だ。

 気を抜けばどこでどんな失礼をやらかすかわかったもんじゃない。


「フェルディオ様。旦那様はあなたの友になりたいのですよ」


 苦笑しながら現れたのはサルムタリアではあまり見ない金髪碧眼の女性。

 確か、メジャルナさん。マストマ王子の妻の一人だ。


「メジャルナ」

「あなた様。フェルディオ様に砕けよというのならば、まずは解しやすい言葉を選ばねばなりませんよ」

「む」

「目線を合せるのは、こちらでしなくては。フェルディオ様は、王血流れる身ではないのですから」


 妻に窘められたマストマ王子が、小さく眉尻を下げる。

 きっと、彼なりに努力をしているのだろうが生まれの習慣や染み付いた感覚はそうそう変えられるものではないだろう。


「殿下。私は──」

「マストマと呼べ、ユーク」


 マストマの言葉に驚いて、詰まる。

 友としてありたいとマストマ王子が求めるのであれば、こちらから歩み寄ることもやぶさかではないが、流石に王族を……次期サルムタリア王となるかもしれない人物の名を気軽に呼ぶのはどうなのだろうか。


「いいんじゃ、ない?」


 迷っていると、隣にひょこりと姿を現したレインが俺を見上げた。


「レイニース! 息災か?」

「ボクは、レインだよ、殿下」

「うむ、そうであったな。此度の事、礼を言うぞ」

「ボクは、何もしてない、よ。ユークが決めたこと、だから」


 小さく笑うレインに、マストマ王子が目を細めて笑う。


「夫をたてる、よくできた妻だ」

「えへへ」


 そこは照れるところではなく、やんわりとかわすところだと思うぞ、レイン。

 さて、このまま有耶無耶にできればいいが。


「フェルディオ様。是非、旦那様の友人となってくださいませ」

「メジャルナ様、そういうわけにも……」

「旦那様があのようにお可愛らしい態度でいらっしゃるのは、とても珍しいことなのですよ」


 メジャルナの言葉に、マストマ王子が何か言いたげに口を開いて止める。

 浅黒い肌の顔は少し紅潮していた。

 一国の王族にここまで恥をかかせておいて、固辞が過ぎるのも問題か。


「私でよければ。ええと、よろしくマストマ──殿下」

「ええい。もっと砕けよ。これでは我が愚者のようではないか」

「わかったよ、マストマ。俺は本当に田舎の平民で、相当な失礼があるかもしれないよ?」


 意を決しての口調だったが、マストマ王子はいたく満足だったようで、口角をにっとあげる。


「それでよい。我は喜ばしく思う」

「ならいいんだけど……」

「では行くとしよう。少しばかり歩くが、まずは『ラ=ジョ』に向かわねばな」


 聞きなれない言葉に首をひねると、マストマ王子が小さく笑う。


「お前たちのために用意した町の名だ。この国の新たな希望となる場所でもある」

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