第2話 建前と勅命
「さて、夢見心地は横に置いて、現実的な話をしよう」
唖然としているだけで夢見心地ではないのだが、王に反論する勇気はない。
「君の報告と要請により、サルムタリアへの冒険者派遣の件を先方と詰めた」
「詰めた……!?」
「ああ。君としては個人的にマストマ殿下にどう応えるべきか、という感覚だったろうが、『グラッド・シィ=イム』と〝淘汰〟のこともある。あれに連動して他国の封印迷宮が活性化したとあれば、王国としても無視はできない」
確かに、それについては俺も推論を交えた報告を上げた。
百年以上も秘密の封印迷宮として放置された迷宮が、ここに来て突然発見された……というのは、『グラッド・シィ=イム』出現の余波ではないかと、考えたのだ。
とはいえ、これはある意味、王国としての介入をするための方便的な意味合いを持たせるもので、まさかそれがそのまま王議会で採用されるとは思わなかったが。
「何を建前にするかは、我々のような政治屋の話だから、そう気にしないでいい」
「そう、ですね。少し驚きましたが」
そう答えつつも、俺は事の大きさに少しばかり気を揉んだ。
マストマ王子が依頼を出して、それを『クローバー』が受ける……というシンプルな構図になればいいと思っていたが、どうにもこれはそう単純にはいかなさそうだ。
そう考える俺の様子を察して、ビンセント王が少し困ったように口角を上げる。
「サーガと違って君は少しばかり苦労人気質だな。任せるべき所はもっと誰かに任せた方がいい。抱え込みすぎると、潰れてしまうよ? そこのところはどうなんだね? アンバーウッドさん」
「畏れながら、おっしゃる通りですね。それを無理してやってしまうのも、ユークさんのよくない所です。サポートが大変ですよ」
話を振られたシルクが、苦笑しながら俺をちらりと見る。
毎度毎度、迷惑と心配を掛ければそうも言われるか。
「もっと気楽にやるといい。これは、元冒険者としてのアドバイスだけどね……心配が過ぎると、不信を招く。仲間をもっと頼りたまえよ」
「俺は、リーダーでサポーターです。多少の無理だってやってみせますよ」
「それはいけないな。その無理の分だけ、仲間たちは君を助ける機会を失う」
「仲間には助けられてばっかりですよ……」
俺の言葉に、俺以外の全員が吹き出す。
「ユークさん、大丈夫です。もっと助けさせてください」
「お前は相変わらず変にストイックだな。気楽にやれっていってんだろ」
「フェルディオ卿、王命だ。もっと周囲をよく見たまえ」
王命まで出されてしまった。
「さて、話を戻そう。そう、建前の話だ。今回の件は、マストマ殿下要請による『両国の技術提携を目的とした人材及び機材の試用』という形に落ち着いた」
ビンセント王の言葉に併せて、ベンウッドがいくつかの書類をテーブルに広げた。
上質な紙のそれは、どれもこれも承認を示す王印が押されており、これがこんなところにあるべき書類でないことを示している。
「どうぞ」
「失礼します」
手に取るのがはばかられて、黙っていると王自ら書類を差し出して来た。
それをおずおずと受け取りながら、俺は脈打つ心臓を抑えようとする。
この人は何だってこうも心臓に悪いんだ。
「王に書類を渡させた」なんて話がどこかで漏れでもすれば大事だぞ……!
そんなことを考えながら、書類の内容に目を通していく。
リーダーの俺がこれを把握しないと、どうにもならないのも確かなのだ。
『〝配信〟用
『サルムタリアでの冒険者活動の試用』
『冒険者ギルドの仮設置』
『国家間協力の強化』
……という言葉が並ぶ書類を一枚一枚めくる。
なるほど、俺単体でマストマ王子の依頼である『封印迷宮の探索依頼』を受けてしまえば、王国としては逆に問題となりかねないため、国家事業としてデカい隠れ蓑を用意してくれたってわけか。
「タイミングもよかった。サルムタリア側からも〝配信〟の技術についての提携話が持ち上がってたところだったしね。それに、サルムタリアの冒険者氏族をこちらの迷宮探索に参加させている以上、こちらから冒険者を派遣することがあってもいいと思っていたんだ」
サルムタリアはさほど閉鎖的というわけではないが、やはりあの強い封建制度が邪魔をして他国民が活動しづらい側面がある。
各氏族に仕事が明確に振り分けられている以上、冒険者をはじめとした他国民ができる仕事はそう多くなく、冒険者ギルドなどもない。
鉱石や特産のフルーツ、それに発達した
せいぜい、商団や武装商人の護衛依頼があるくらいである。
「マストマ殿下を通じて、これらの許可を暫定的に取り付けた。サルムタリアとしては、あまり大々的にやられると混乱を招くと苦言があったので、まずはマストマ殿下が管理する僻地でそれらの試用を開始することにしたんだ」
言葉に含みがある。
いや、そもそも計画通りに事が進んだので、ここに来たのだ。
王自らが。事情を共有し、俺を『共犯者』とするために。
「勘の鋭さはサーガ譲りかな」
にやりと笑った王が、俺を見る。
ここまで聞いてしまえば、もはや断ることすらできない。
最終的には仲間と協議を……と思っていたが、相手のペースに乗せられてしまったようだ。
「場所はサルムタリア北東部。通称、『死の谷』と呼ばれる場所だ。そこに、町を一つ作ってもらった」
「え?」
「町をね、マストマ殿下に要請して作ってもらったんだ。それで二ヵ月も君たちを待たせることになった」
一度は気を取り直したはずが、話の大きさに俺は再度呆然とする。
俺がマストマ王子の依頼を受けたいと相談したら、他国に町が一つできました……って、まったく意味が分からない。
「
ビンセント王が何かをベンウッドから受け取って、俺の前に一枚の用紙を置く。
「これ、は……──」
それは、薄く金で縁取りされた高級紙で、初めて見るものだ。
手に取って、それが何かを理解した瞬間、足が震えた。
王会議が発令する『
──『
それが、俺の目の前にあり……俺のサインが書きこまれるのを待っている。
手まで震えてきてしまった俺は、深呼吸をしてまずは心を落ち着かせた。
まったく、今日という日は一体どうなっているんだ。
依頼もない休息日で、シルクが仕込んだローストポークで昼から軽くワインを一杯やりながら、『スコルディア』の配信でも見ようと思っていたのに。
「ユークさん?」
「ああ、ああ。驚きすぎて、ちょっと固まってたよ……」
俺の様子に、満足げに王が笑う。
どうにもこのお方は、悪戯が過ぎる。
「さて、どうするね? ユーク・フェルディオ」
王の問いかけに小さく息を吐きだしてから、俺は豪奢な依頼書にペンを走らせた。
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