第42話 斜陽の魔物と合流

「ワイらが最強、ワイらが最高……」


 もはやうわ言のように繰り返される言葉からは人間性がすっかり失せ、その肉体も人間とは遠ざかった『フルバウンド』達。

 こうなることが予測されていたから、あの指輪は危険視されていたのだ。

 あれは記録媒体であると同時に、『一つの黄金』の力を受け取るための受信媒体でもあると予測されていた。

 こちら側の人間が『金の指輪』をつければ『斜陽』の影響を受けるということは、俺達の中でほぼほぼ確定された認識だったはずなのだが……『フルバウンド』はそれも信じられなかったらしい。


 不信感を払拭する時間も余裕もなかったのが、こんなところで問題になるとは思いもしなかった。

 つまるところ、彼等はプロフェッショナルではなかったということだ。

 依頼しごとに向き合う姿勢が、最初からどこか歪んでおり……そこを『斜陽』につかれたのかもしれない。


「足止めをかける。マリナ、ネネ、各個撃破を。何をしてくるかわからないぞ……安全第一でいこう」

「了解っす」

「うん。わかった」


 『グラッド・シィ=イム』の達は、どれも手強い魔物に変じているが、それでも兵士や騎士タイプと呼ばれる物よりは、〝一般住民〟の方が危険性は少なくなる傾向にある。

 では、手練れの冒険者である『フルバウンド』が変容した『斜陽の魔物』はいったいどれほどの強さになるのか。

 まるで予想がつかない。


「死ねヤァ!」


 まるでオルクスの様に肉体を筋肉質に肥大させたザッカルトが、巨体に見合わぬ鋭い踏み込みをしてくる。

 それに素早く反応したのは、マリナだ。

 抜刀一閃、その太い胴を黒刀で横に薙ぎ払ってカウンターを決めるが、腹を裂かれても動じた様子のないザッカルトの左腕がマリナを薙ぎ払った。

 幸い、付与していた〈硝子の盾グラスシールド〉の魔法で事なきを得たが、マリナは大きく吹き飛ばされて、俺の横で受け身を取ることになった。

 なんてパワーだ。


「ッ!」

「マリナ!」

「大丈夫!」


 睨むマリナにザッカルトが舌なめずりする。


「気ぃ強い子は好きやで。胸がデカいんもええなぁ。ヒィヒィ言わせんのが今から楽しみやァ」

「気っ持ち悪い……!」


 研究によると、『斜陽』に侵された者はその人間の本質的なところがむき出しになると推測されていたが……この男の場合は、どうやら暴力性と性欲であるらしい。

 『フルバウンド』の各々も、それぞれ人間から離れた姿へと変貌していた。


 あるものは怯えるようにして震えながら無数の棘を作り出し、あるものは笑いながらバネの様になった脚で飛び跳ねている。

 そうかと思えば、やせ細った影のようになったものはネネを追いかけまわし、俺が麻痺させて拘束していた男は物欲しそうにシルクを鼻息荒く見ながら、じりじりと距離を詰めてきている。

 まるで統制が取れていないのは、俺達にとって好都合ではあったが……ザッカルトを見るにどれも手強い魔物へと変容しているに違いない。


 ただし、中でもザッカルトが一番手強いと肌で感じていた。

 あれはまだ、欲に飲まれつつも人としてのずる賢さを保っているように思う。

 腹の傷が癒えているところを見ると、再生能力もあるようだ。

 ……サイモンを見ている様で、少しばかり気が滅入る。


「うお、おおお……!」


 動きが少なかった元戦士の男──俺が麻痺させてた奴だ──が、突如としてシルクに勢いよく飛びかかっていく。

 ぶよぶよに膨らんだからだはまるで粘性生物スライムに小さな手足が生えたようなフォルムであるのに、動きは妙に素早い。


「……ひゃ、嫌あッ!?」


 虚を突かれたらしいシルクの反応が遅れる。

 ……が、そのシルクとぶよぶよ男の間に割り込んだ影があった。


「少し遅れた!」

「ルーセントさん!」


 騎士盾で巨体を押し返しながら、ルーセントが俺の方を見る。


「さて、どうなっている」

「『フルバウンド』が『金の指輪』の影響で魔物化しました。ルンはあそこですが、近づけません」

「なるほど」


 俺の報告を聞いたルーセントが、剣と盾を構える。


「諸君、聞いたな。不届き者の足止めはこちらで行うぞ!」

「ほな、『クローバー』さんには、奥へ向かってもらいましょうなぁ」


 『カーマイン』のリーダー、マローナが俺の隣へと並ぶ。

 彼女たちも無事だったようだ。

 少しばかりの装備の消耗は見られるが、怪我らしい怪我も見あたらず目にはやる気が満ちている。


「同郷のもんとして、始末つけさせてもらうで……ザッカルトはん」

「女だ! 女が増えたァ! どれから楽しもかァ?」


 マローナ達のことが認識できないなど、もはや、ザッカルトは記憶すら混濁しているらしい。


「ネネ、こっちに!」


 俺の声に応えて、針金のようになった盗賊と高速戦闘をしていたネネが駆け戻ってくる。

 当然、針金男も追ってくるが……その横っ腹にルーセントの盾撃シールドバッシュが直撃した。

 身体に見合って軽いのか、くるくると回転しながら飛んでいったそいつは、転倒していたぶよぶよ男にぶつかって、動きを鈍くする。


二人一組ツーマンセルで対処にあたれ! マローナは私とペアだ。前方の戦士タイプを相手取るぞ!」

「ええ男とペアやなんて、滾るわぁ」


 二振りの小剣ショートソードを構えたマローナが、ルーセントの背後に身を隠す。

 巷で『シールド&スイッチ』と呼ばれる混戦時の奇襲戦法。

 他の『スコルディア』、『カーマイン』のメンバーもすぐさま準備を整えて『フルバウンド』の異形たちとにらみ合う。

 さすが、先輩方は経験が違うな……ああして、適切な動きが素早くできるなんて。

 そう思いつつ、俺もこれを無駄にするまいと強化魔法を仲間たちに付与していく。


「俺たちはルンのところに向かう! あのヴォーダン王が邪魔するようならこれに対処。ルンを救出して、ここを出るぞ!」

「うん。いくぞぉー……!」


 マリナがやる気十分に、黒刀を構えなおす。


「予測でサポートします。お願いね、ビブリオン」

「私が突っ切るっす。あの金ぴかからルンちゃんを離した方がいい気がするっす」


 この世界の異変の元凶があの輝く『一つの黄金』である以上、そばにいるルンが何かの影響を受けている可能性は否めない。

 俺達の呼びかけに応じないのもおかしいし、引き離すべきだろう。


「いこ、ユーク」

「ああ」


 落ち着いた様子のレインにうなずいて、俺は機をうかがう。

 その気配を察したか、ルーセントとマローナが鬨の声をあげて、異形のザッカルトへ向かって一歩踏み込む。


「いくぞ!」


 乱戦の開始と同時に、俺たちは王の間の奥……玉座のその先に向かって駆けだした。

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