第8話 金の指輪と二つの報告

「なんだったんだ、こいつは……? レイン、シルク、どうだった?」


 レインは魔術的、神学的に、そしてシルクは精霊の性質的にこの魔物モンスターを見ていたはずだ。


「わから、ない」


 レインが眉根を寄せて首をひねる。


「わからない?」

「強いて言うと、魔法生物に近いけど……穢れも感じる。もの凄く悪い性質の人間を、マナの澱みに、頭から投げ込んだら……こうなりそう? みたいな、感じ」

「同感です。精霊が乱れるというよりも、反転に近い状態でした。生命力あるアンデッド、というか……」


 二人にしてもその気配を掴み切れないということか。

 とはいえ、俺も魔法の通り方からして、同様の違和感を感じてはいるのだ。

 普通、俺の使う魔法は『生命体』に対して正常に作用するように魔法式が調整されている。


 今回、弱体魔法をいくつか放ってみたが、そのどれもが若干の抵抗レジストを感じた。

 相手が魔法能力、あるいは精神的に魔法の力を跳ねのけることはある。

 しかし、今しがた遭遇した鎖男は存在そのものに魔法の抵抗力があるように思えた。

 かと言って、アンデッドのように全く通らないというわけでもなく……どちらかというと、魔法生物や悪魔のような感触だったように思う。


「悪魔の類だろうか?」

「精霊の乱れ的にはそれが一番近いんですが……。以前見た百目汚泥ヘクトアイズともまた違った感じでした」


 結局のところ、正体は不明ということか。


「鎖、どうする?」


 マリナが床に散らばる鎖を指して、俺に問う。

 これが悪魔の残滓とすれば、呪いの類がかかっているかもしれない。注意する必要があるだろう。


「〈魔力感知センスマジック〉、〈呪力感知センスカース〉」


 レインが小さく杖を振って魔法を唱える。

 初めてのダンジョンで出会った、得体のしれない敵だ……こういった警戒は必要だろう。


「えっと、鎖は、大丈夫。でも鎖の中に、ヘンな、の……あるね」

「どれどれ……?」


 大小さまざまな鎖を魔法の鞄マジックバッグに収めながら、その『ヘンなの』を探す。そして、それはすぐに見つかった。


「指輪?」


 直接触れないように、慎重にそれをピンセットでつまみ上げて確認する。

 あのずんぐりとした鎖男がつけるにはいささか小さいサイズの、金の指輪だ。


「……ダメだ。『鑑定』しても詳細がわからないな。何らかの魔法が付与されていることしかわからない」

「あんまり、いい気配じゃ、ない」

「そうだな。持ち帰って確認をとってみよう」


 仮とはいえ、悪魔の遺骸の中から獲得した指輪なんて得体のしれないものをつける気にはなれないし、鑑定結果はわからないとはいえ、どうにもこれからは妙な気配がある。

 こんなに小さいのに、存在感がありすぎるのだ。


「どうするっすか? 鎖の跡を追跡することはできそうっす」

「……特にあてがあるわけじゃない。まず、こいつがどこから来たのかを確認するか」


 もしかするとどこかに召喚跡があるかもしれないし、召喚者がいるかもしれない。

 迷宮の特性的に呼び寄せている可能性もあるし、発生源を突きとめるのも調査としては重要だろう。


 ……何せ、あれはかなり強かった。

 魔物モンスターランクとしては間違いなくCランク以上はある。

 それが一階層目からうろついているとなると、この迷宮のランクはかなり上がることになるだろう。


「先行警戒で鎖の引き摺り跡を追ってみるっす。皆さんは、しばし待機を」

「ああ、頼むよ」


 マリナとレインに〈魔力継続回復リフレッシュマナ〉を付与しつつ、指輪を小袋に入れてから魔法の鞄マジックバッグに収納する。

 うっかり素手で触ってしまうのは避けたい。


「ねえ、ユーク。あたしからもいいかな?」

「どうした、マリナ」

「えっと、伝えにくいんだけど……アレの中身って人だったと思う」

「見えたのか?」


 全て鎖に覆われていて中身は全く見えなかったのだが、肉薄したマリナには見えていたのだろうか?


「ううん。斬った感触がね、人っぽかった。『侍』の能力だと思うんだけど、斬った相手が何か、だいたいわかるっていうか……。難しいね、説明。あたし、バカだから上手く伝えられない」


 しゅんと落ち込むマリナの頭を軽く撫でやる。


「いや、参考になるよ」


 『侍』という職能ジョブの能力を把握しきれていないのは、リーダーである俺のミスだ。

 数が少なすぎて、これまで関わる機会もなかったしな……。

 ただ、小耳にはさんだ話では『侍』は斬るものに対してこだわりを持つことがあると聞いた事がある。

 『侍』というのは“生命を断つ”ことに特化した戦闘職で、その技をそれ以外で使うことに──生命以外の『つまらないもの』を斬ることに抵抗感があるらしい。

 それ故、斬ったものに対して、それが何であったかを感じるセンスが備わっているのだろう。

 マリナが人だというのであれば、先ほどの鎖男はきっと人に類する何者かである可能性が高い。


「それにね、魔石がない」


 言われてみれば確かに。

 アレが純然たる魔物であれば、魔石があってもいいはずだが、鎖の中からは見つけられなかった。


「もしかすると悪魔憑きって奴かもしれないな。そうなると、あの指輪が原因か……?」

「帰ってから考えましょう、ユークさん。ネネが戻ってまいりました」


 夜目の利くシルクが、通路の先を指さす。

 すぐさま、こちらに駆けてくるネネが灯りに照らし出された。


「戻ったっす。報告は二点……まず、階段を見つけたっす」


 これはいい報告だ。

 とりあえずの第一目標を達したと言える。


「ただ、上り階段なんすよ……」

「上り? 地下水路なのに下りないの?」


 マリナが驚きの声を上げる。

 俺も同感だ。てっきり、水の流れに沿って地下へ降りていくタイプだと思っていたが、上り階段? ……それじゃあ、地上に出てしまうんじゃないだろうか。


「まだ階上の確認はしてないっす。二点目、鎖男のねぐらを見つけたっす」

「どうだった?」

「無人だったっす。こっちは確認してもらった方が早いと思うっす」

「わかった。じゃあ、まずは全員で鎖男のねぐらに向かおう」


 ネネにうなずいて、闇の奥を見やる。

 消える死体に金の指輪。その上、中身は人かもしれない。この状況に何とも言えない薄気味の悪さを感じてしまうのは、俺の勇気が足りないせいだろうか?


「気を付けて行こう。どうにも雲行きが怪しい」


 自分に言い聞かせるようにそう告げて、頷くマリナ達と共に俺は地下水路の闇の中を慎重に進んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る