第9話 鎖男のねぐらとフラッシュバック
ネネの後ろについて、注意深く地下水路を進んでいく。
流れる水の音に何か聞き漏らしてはいないだろうか、と緊張しつつも歩くこと数分……俺達は例の鎖男のねぐらと思しき小部屋に到着した。
地下水路の一角にポツンとあるそれは、設計上最初から設置されたもののようで地下水路の風景に溶け込むようにして、木製の扉が据え付けられていた。
中に踏み入ると、そこは思ったよりも広めな空間で、角に寄せられた机と椅子、それに簡素なベッド、そしていくつかの雑多な道具類があった。
魔物のねぐらというよりも、水路管理者の休憩室兼物置、といった風情だ。
「これ……」
部屋を明かりで照らしていたレインが、俺の袖を小さく引く。
照らし出された部屋の隅には、大小さまざまな人骨が小山となっていた。
「あの魔物が食べたのでしょうか?」
「わからんな。そもそも、この人骨は誰のものだ……?」
墳墓の性質を持った迷宮であれば人骨があってもおかしくはないが、地下水路の一角に人骨があるというのはいかにもおかしい。
捕食されたのか、単に殺されたのか……いずれにせよ、ここかあるいは付近に『人間』がいたということになる。
「俺達が調査に来る前に誰かがダンジョンに踏み込んだのか?」
「かもしれませんね」
一番高い可能性はそれだ。
冒険者ギルドとて、報告をうけた直後に封鎖はできまい。
噂を聞いた血気盛んな、もしくは欲に目がくらんだ冒険者が内部に踏み入って、鎖男に殺されたというのが一番あり得る。
ただ、これがどこか希望的観測である気がするのは何故だろうか。
どうにも不安が拭えない。
「ユークさん、変なものを見つけたっす」
別の場所を探っていたネネが、引き抜かれた引き出しを示す。
机についていた引き出しだ。
見やると、雑多な筆記具に混じって、一冊の書物が収まっていた。
「レイン、頼む」
「うん。えっと、大丈夫そう」
〈
こういう場所で手に入るものに迂闊に触ると呪われたりするからな。
俺の場合、もっと強力な呪いがかかっているけど。
「装丁的に本じゃない……。日記帳かメモ帳の類だな」
手に取ったそれをパラパラとめくる。
残念ながら、中身は不明な文字で綴られており、さっぱり内容はわからない。
規則性があるので、何らかの言語ではあると思うのだが。
念の為、開いたページの一つをゴプロ君に近づけて配信に映しておく。
学術院の学者が何か掴んでくれるかもしれないしな。
「こんなもんっすかね。他に目ぼしいものはなかったっす」
「結局、アレに関する手掛かりはなしか。この日記が手掛かりになるといいんだが」
この魔物どころか動物の気配が一切しない地下水路で、唯一の『動く者』。
あれが複数いるとなると相当危険と思ったが、あれを倒して以来、影も形もない。
アレ一体だけなのか、極端に数が少ないのか……よくわからないな。
そもそも、この地下水路が迷宮かどうかすら怪しくなってきた。
「どうするの、ユーク? 階段、いく?」
「うーむ」
マリナの問いに少し考える。
当初のプランではじっくりと一階をチェックする予定だった。
広さ的にもそう規模の大きいものではなく、魔物も鎖男だけとなれば、プランを変更して階段とその先を確認するのもありかも知れない。
むしろ、このモヤモヤとした気持ちを晴らしたい気分だ。
下り階段で地下水路に誘っておきながら、今度は上り階段を設置する意味が分からないというか、このはっきりしないチグハグとした不定形な不安感は『無色の闇』に感じたものと似ている。
「よし、階段に向かおう。そこで、一旦落ち着いてから、ミーティングをしよう」
「そうだね!」
興味が抑えきれないといった様子のマリナが頷く。
(これはきっと、そのまま押し切られて次フロアを見に行くことになるパターンだな……)
そう苦笑する俺に気付いたシルクが、同じく苦笑を漏らす。
サブリーダーとしてよく働いてくれているシルクであれば、俺の考えも少しばかりは共感できるのだろう。
いや、それ以前にシルクはマリナとの付き合いが長い。
きっと、俺よりもこの先の展開を見えているんじゃないだろうか。
「それじゃ、案内するっす。ここからそんな遠くないっすよ」
「ああ。頼むよ、ネネ」
再びネネの先導で地下水路の中を進む。
同じ景色が続く上に妙に入り組んでいるので、はぐれてしまったら迷子になってしまいそうだ。
「……ついたっす」
バカなことを考えていると、すぐに階段へと到着した。
確かにのぼり階段だ。
しかも、階段の先はうっすらと明るくなっている気がする。
……やっぱり外に繋がっているんじゃないだろうか?
「明るい、ね?」
「そうですね。上ると、やはり外なのでしょうか?」
首をかしげながら、階段を上る。
階段エリアの形状は、他のダンジョンとそう変わらないようで、踊り場で折り返す『コの字』型のようだ。
上るにつれて、差し込んでいる光が何かはっきりしてくる。
それは、赤い太陽の光だった。
翳る世界に長い影を落とす、黄昏時の陽光。
「……」
それを見た瞬間、俺の魔法に苦しむ
「ユーク、大丈夫?」
「大丈夫っすか?」
レインとネネが俺を振り返る。
二人は俺がこのロケーションにトラウマを持っていることを知っているので、余計な心配をかけてしまったようだ。
「ああ、問題ない。とりあえず、損耗チェックと休憩を入れよう。〝配信〟カット」
背中にかいた冷や汗を感じながら、大きく息を吐きだす。
まったくもって俺って奴は……!
ダンジョンのど真ん中で、リーダーである俺がこんなことで揺らぐわけにはいかないのに。
「ユーク、こっち。はい、座って」
レインがまごつく俺の手を引いて、壁際に促す。
座り込んだ俺の頭に、ふわりとレインのマントが被せられた。
黄昏の光が遮られて、動悸が落ち着いてくる。
「落ち着くまで、座ってて? 辛いのは、隠さないで、ね?」
「ああ。悪い。少し休むよ」
レインの優しい匂いは、俺の脳裏をちらつくサイモンの影を意識の外に追いやってくれた。
……今度、眠る時はこれを貸してもらえないか頼んでみよう。
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