第61話 永遠と斜陽

 虹色に滲む光が、夕焼けを切り裂いてサイモンに刺さる。

 静かに吸い込まれた虹色の暴虐は即座に不死身の男を苛み始めた。


「あ……ッ うぐぁ……ッ」


 七孔から黒い血の混じった泡を吹きながら、サイモンがのたうち回る。

 〈歪光彩の矢プリズミック・ミサイル〉の影響で腐り落ちた四肢が腐ったまま繋がり、焼け爛れ溶ける身体は再生しては溶けてを繰り返す。


「ああああッ なんだ、なんだ、ごれ……ッ!? ぐ、ぐるじい……ッ!」


 絶叫しながら死と再生を繰り返すサイモンから視線を逸らす。


「マリナ、シルク。決着はついた……レインたちと合流しよう」

「……とどめはいいの?」


 マリナの言葉に首を振る。


「本人曰く不死身らしい。それに、死ねる体ならもう死んでる」


 そう吐き捨てて、続くサイモンの絶叫を耳から遠ざけようとする。

 幼馴染としての愛想はすっかり尽かしていたが、殺意を向けたのは初めてのことだ。

 ここで、サイモンを絶対に仕留めねばならない、と強く感じた。


 ……仲間を守るために。


「がぁ……ッ! ユーク! ユゥーーク! 僕に何をした!」

「いこう、二人とも」


 がなるサイモンには応えず、黙ってマリナとシルクを促す。

 こんな場所に長居するつもりはない。


「お別れだサイモン。その魔法は……〈歪光彩の矢プリズミック・ミサイル〉は死ぬまで解けない」

「な、なん……っ! おい、嘘だろ? ユーク!」


 俺の創り出した複合型弱体魔法〈歪光彩の矢プリズミック・ミサイル〉は、複数の猛毒と疫病と綻びの魔法を混ぜ合わせ、それを呪いによって循環させることにより永遠に作用するようになっている。

 俺が、そう作った。錬金術の知識で以てギリギリのバランスで魔法式を組み上げ、ザルナグで実戦投入し、その後何度も調整して……ついさっき、完成を見た。


 今までのあれには俺の『負の感情』が足りなかったのだ。

 あくまで複合型弱体魔法としてそれを定義し、いままで揮ってきた。

 だが、ペルセポネの祝福を受け……俺が奥底に秘めていた負の感情を魔法として、また呪いとしてコントロールする力を得た今、〈歪光彩の矢プリズミック・ミサイル〉はとなったのである。


「助けで! 助けで! 僕を、僕を──あぶッ、お、置いてかないでグ……れよ!」


 のたうち、這いずる様にして俺に顔を向けるサイモン。

 もう少し、何かあるかと思ったが、何もなかった。

 良心の呵責も、自責もない。


 かわりに、すっきりともしなかったが。


「なあ、僕だぢ、友だぢ、だろ?……がふっ、このままじゃ、僕は──……」

「知ったことか」


 それだけ告げて、俺はジェミーの元へ向かう。

 サイモンを、その場に残して。





「どうだ、レイン?」

「ぎりぎり、間に合った。でも、傷が……深い」


 土気色のジェミーがうっすらを目を開けて、俺に視線を向ける。


「あはは、ユーク、だ」

「あまりしゃべるな。応急処置したらすぐに迷宮を出るぞ」

「アタシ、さ。も、だめ」

「ダメなもんか。本物のフィニスに帰って、元気になったらまた冒険すればいい」


 俺の言葉に、ジェミーが小さく涙を流す。


「そだよ! 『クローバー』に入ればいいよ! 女の子ばっかりだから、気兼ねないよ!」

「マリナ、ユークさんがいるでしょう?」

「いいじゃん。ユークならジェミーさんも仲間かぞくって言うに決まってるもん」


 それはいい案だ。

 ここまで騒ぎになったらジェミーを入れてくれるパーティはいないかもしれない。

 だが『サンダーパイク』を離れたジェミーなら……俺達を命がけで助けてくれた彼女なら、きっといい仲間になってくれる。


「アタシが、また、ユークと?」

「俺は構わない。だから、もう少し頑張れ」


 予備に買った魔法の鞄マジックバッグから、治癒の魔法薬ヒーリングポーションを取り出して、傷口にかける。

 青色の煙を上げながら傷がふさがっていくが……すぐにまた開く。


「……普通の傷じゃないな」

「サイモンの魔剣の効果、かな。一生消えない傷を、あんたにつけるって、言ってたもの」

「厄介な真似をしてくれる」

「だから、さ。アタシ、もう、助からないわけ……」


 ジェミーが無理をした顔をする。

 自分で自分を諦めようとしているな?

 あの傍若無人でけたたましく笑っては騒ぐ女がなんて様だ。


「……〈魔法式破壊ディスペル・マジック〉」


 自分の頬の痣に軽く触れて、魔法を紡ぐ。

 もはやこれが魔法なのか何なのかわかったもんじゃないが、魔法道具アーティファクトの効果で塞がらない傷だと言うなら、これで何とかなるだろう。


「……魔法、効く」


 ずっと回復魔法をかけ続けていたレインの顔に、喜色がともる。

 代わりに、俺の頬から首筋にかけて何やら気味の悪い感触があったが、人外の魔法だ。

 多少の事には目をつぶろう。

 前みたいに倒れたりしなきゃ充分だ。


 みるみる塞がっていく、ジェミーの傷。

 だが、そのせいで消耗したのだろう。ジェミーは気を失ってしまった。


「傷は、塞いだ。あとは、大丈夫だと思う」

「さすがレインだ。よし、帰ろう」

「急いだほうがいいみたいっす」


 ネネが少し緊張した様子で、耳をぴくぴくさせる。


 赤い夕陽が徐々に陰りはじめて、薄暗くなった廃墟の影から何かが数体這い出してくる。


「……影の人シャドウストーカー

「私たちはまだ見つかってないっす。でも、あれ……」


 ネネが指さす先ではサイモンが、いまだ絶叫を上げながらのたうち回っている。

 影の人シャドウストーカーがそれに飛び掛かり、謎の力がサイモンを引き裂いた。


「いぎぃッ!?」


 ……不死身なので、すぐに再生したようだが。


 もう、どうしようもない。

 サイモンは永遠にこの朽ちた冒険都市の廃墟で、毒と呪いに苛まれながら影の人シャドウストーカーに裂かれ続けるのだ。

 俺が、そういう風にして。そして、今から、アレを置き去りにする。

 俺の意志で。


「あばよ、サイモン」

「ユ、ユーク! 僕、は──……」


 【退去の巻物スクロールオブイグジット】はサイモンの言葉を最後まで耳に届ける前に、俺達を大空洞まで退去させた。

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