第56話 【退去の巻物】と強制休息

 ベシオ・サラスの件で余計な時間を食ってしまった俺達は、その日……かなりの大急ぎで再突入の準備を進めた。

 何と言っても武器の類はサイモンたちが取り上げたままだったし、俺がメインに使っていた魔法の鞄マジックバッグもない。

 本当に、いちからの準備となってしまっている状態だ。


 その上、冒険者ギルドは今回の件について、少しばかり後ろ向きであるらしい。

 そもそも『無色の闇』は一時的に封印指定を解除されたとはいえ、一般開放された迷宮ダンジョンではない。


 今や犯罪者となった上に、違法な魔法道具アーティファクトで以て迷宮に忍び込んだ『サンダーパイク』メンバーの救助など、無駄なリスクを抱えるだけ……というのが、客観的な判断であるのは俺にもわかる。


「武器類の準備は終わりました。防具の修復と調整も進めてもらっています」

「リストにあった薬品類は、揃えたっす。食料品も確保したっすよ!」

魔法の巻物マジックスクロールも、おっけー、です」


 メンバーが続々と準備を揃える中、俺はいくつかの魔法道具アーティファクトの作成と市場では出回りにくい魔法の巻物マジックスクロールを作成していた。

 市場を探すより、作ってしまったほうが早いものだってある。


「あたしも、準備おっけー! 今すぐにでも出られるよ!」

「そう急くもんじゃない。一番重要なものがまだだからな」


 そう、最も俺達に必要なもの──【退去の巻物スクロールオブイグジット】がまだ手に入っていない。

 希少なものだし、錬金術師を抱えるパーティならばまず手放さないものだ。

 ギルドマスターベンウッドに頼んだからと言って、そう易々と見つかる類のものではないだろう。


 日が傾いてきた窓の外を見ながら、焦燥感だけを募らせていると、不意に扉を叩く音が聞こえた。

 ベシオ・サラスの件もありやや身構えたが、客はすぐに名乗って俺達に問いかける。


「パーティ『スコルディア』のルーセントという。ユーク・フェルディオ君はいるか?」


 扉を開けると、そこには確かにAランクパーティ『スコルディア』のリーダー、ルーセントの姿があった。


「直接は初めましてだな。ユーク・フェルディオ」

「ええ。お噂はかねがね」


 『スコルディア』は、ここフィニスでもトップランクのパーティだ。

 質実剛健を地で行くパーティで、『無色の闇』の調査にも参加していた。


「噂を聞いた。これを探していると」


 バッグから取り出されたのは、一つの魔法の巻物スクロール

 ……【退去の巻物スクロールオブイグジット】だ。


「もう一度、『無色の闇』に挑むつもりか?」

「そう、なります。ただ、以前とは違いますが」

「それを聞きに来た。ギルドは『無色の闇』を再封印するつもりのようだ」


 その話は、まだ聞いていないな。


「……それを譲ってもらえないでしょうか?」


 ルーセントという男はわざわざ訪ねてきて、ただ見せびらかすような人間ではない。

 『スコルディア』は旧き良き冒険者を体現したようなパーティだ。

 それこそAランクとなった今も、〝銅貨一枚の依頼〟を引き受けるほどに。


「ユーク・フェルディオ。君に問う。何のために『無色の闇』へ挑む」

「仲間を助けるためです」

「それは『サンダーパイク』などという胡乱な連中を言っているのか?」


 ルーセントの冷たい言葉に、俺は首を横に振る。


「そうとも言えますし、そうでないとも言えます。それでも……彼女は俺達の命の恩人で、俺は行かなきゃならない」

「──よし、行け」


 【退去の巻物スクロールオブイグジット】を俺に投げ渡してルーセントが背中を向ける。


「え、あの……これ」

「冒険者が一番大事にしないといけないものがわかってるなら、それでいい。取り戻せるものは、取り戻して来い」


 どこかで聞いたセリフを残してルーセントは雑踏に消えてしまった。


「かわった、人だね?」


 やり取りを後ろで見ていたレインが小首をかしげる。


「きっと、ユークさんの気持ちがわかるんすよ。ルーセントさんは駆け出しのころ、ダンジョンでパーティが半壊したことがあるって聞いたっす」

「……そうか、それで……」


 俺はまだ間に合うかもしれない。

 ここは、ありがたく先輩の好意を受け取っておこう。


「準備ができたら全員で休息をとる」

「すぐにいかなくていいの?」

迷宮攻略ダンジョンワークのセオリーを守るなら、まずは俺たち自身が突入前のメンテナンスをしないとな。六時間の睡眠をとって、日が昇ると同時にギルドに向かい突入しよう」


 この六時間でジェミーの命を駄目にするかもしれない。

 もし、俺一人ならこのタイミングで出ていた。

 だが、四人が付いてくると言うならば、俺は『クローバー』のリーダーとして四人の命についても十分な備えをしなくてはならない。


「わたくしの準備は完了です」

「ボク、も」

「あたしもいつでも行ける!」

「問題なしっす」


 全ての準備を終えているのを確認して、各々頷き合う。


「じゃ、あたし寝る」

「私もっす」


 マリナが気の急いた様子で階段を上っていく。

 それに続くように、ネネも階段に消える。


「ユークさんも、ちゃんと寝てくださいよ?」

「わかってるさ」


 二人に続いて階段を上っていくシルクに頷いて返しながらも、頭の隅で準備不足の項目をチェックする。

 ……が、そんな俺の考えなどお見通しとばかりに、レインが手を握って引っ張った。


「俺はまだ少し……」

「ダメ。ユークが、一番、万全じゃないと、ダメなんだから」


 レインが小さくため息をついてから背伸びをして……俺の鼻をつまんだ。

 もうずいぶんと前の事に思えるが、『無色の闇』に挑む前に同じことをされた気がする。


「ほら、行こ。怖いのも、焦るのも、不安になるのも、一緒にしよ。何があっても、ボクは……ボクらは、ユークの味方だから」

「ああ、わかった」


 手を引かれるままレインと階段を上り、そのまま俺は眠りについた。

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