第55話 愚かなベシオとレインの怒り

 ネネに目で合図して立ち上がり、扉の前まで行く。

 その間に、ネネは死角となる場所……つまり扉直上の天井にするりと張り付いた。


 全員に目配せをして、扉に手をかける。


「まったく、すぐに開けろよ。これからお前たちのご主人様になるんだぞ? オレは」


 開いた先には、お尋ね者になろうとしているのに随分と余裕を持った様子のベシオ・サラスが、護衛らしき二人を伴ってこちらを見ていた。

 中に入ってこようとする、ベシオ・サラスを制して、睨みつける。


「悪いが我が家に入らないでくれないか」

「なんだ、その態度は?」


 拳を振り上げるベシオ・サラス。

 懲りないやつだ。

 素早く股間を蹴り上げて、〈拘束ホールド〉の魔法を放つ。


「ぬおお……」


 悶絶した様子のまま、身動きできないご主人に代わって護衛らしき強面が二人が武器を抜いたが、その瞬間……ネネの投げたクナイがその手を貫いた。

 そのまま、首を刎ねるべくネネが護衛に迫る。


「ネネ、殺すな」

「っす」


 俺の指示をあらかじめ予想していたのだろう、二人の意識を刈り取ってから、するりと身をひるがえして後ろに下がるネネ。


「て、てめぇ……!」


 もぞもぞと身動きを取ろうとするベシオが脂汗を流しながら青い顔で俺を睨む。


「ベシオ・サラス。俺は言ったよな? もう関わってくれるなよ、と」

「馬鹿が! そんなこと知るか! お前はもうおしまいだ!」

「サイモンに期待してるなら考えを改めたほうがいい。……あいつは死んだ」

「へ?」


 理解が及ばないといった顔をするベシオ。

 まさかと思うが、Aランクなら死なないとでも思ったのか?

 やっぱりお前は冒険者に向いていないよ。


「……いや、しかし目的は達したハズだ! そう言っていたからな!」


 やっぱり違法な個人用配信の魔法道具アーティファクトも持っていたか。

 ベンウッドたちが把握してないってことは、公の配信局を通さない不法な配信局を持っているか使用しているってことだ。

 配信を推進しているこの王国では、それなりに重い罪を問われる。


「さぁ、レイン! 出ておいで!」


 声を張り上げてレインを呼び、俺をにやにやとした顔で見る。

 この状況でまだ勝機があると思っているあたり、豪胆なのか考えが足りないのかよくわからないな。


「……」


 どうしてやろうかと考えていると、後ろからレインがとことこと歩いてきた。


「レイン?」

「よぉーく、来た! さぁ、レイン、こっちにおいで」

「……」


 次の瞬間、にやけた顔のベシオ・サラスの頬に護身用警棒の先端がめり込んだ。


「ぼぉぁッ!」


 血と共に、数本の歯が飛ぶ。


「レ、レイン?」


 思わず驚いて隣を見ると、見たこともない様な冷たい顔でレインが警棒を振り上げていた。

 それが的確にベシオ・サラスの鼻を陥没させてから、俺はレインを止めた。


「レイン。やりすぎると死んでしまう」

「うん。殺そうと、思って」


 こともなげに言うレインからはうすら寒い本気の殺気が伝わってくる。

 あまり親しい女の子から感じたくない類のもので、思わず心が冷えた。


「この人が、ボクたちを、危険にしたんだし?」


 確かに、そう言える。

 実行犯が『サンダーパイク』だというだけで、それを上手く利用したのがこの男だ。

 落ち目のあいつらに金と道具を渡して、俺達をいいようにしようとした。


 そう考えたら、このまま殺してやろうという気にもなるな。

 だが、こいつは重要な証人でもある。

 王国監査官にでも引き渡せば、今回の事件に関わった連中をまとめて捕縛できるかもしれない。

 ここのところ、短気と短慮で失敗したところだ……気持ちで動くのは悪手だろう。


「気持ちはわかるが、罪人でも殺せば面倒だぞ。こいつにはまだ使い道がある」


 俺の言葉に、小首をかしげてから小さく頷く。


「そう、だね。ユークが困るといけないから、やめる」

「オ、オレがなにじだっで……」

「ボクに、こんなものを嵌めるように、頼んだよね?」


 屈み込んだレインが【隷従の首輪】をプラプラとさせて、ベシオ・サラスを覗き込む。


「ぞ、ぞれば……!」

「あげる。次、姿を見たら、最悪の死に方……すると思って、ね?」

「ご、ごれは……! は、はずじでぐれ!」


 すっかり力を失くした【隷従の首輪】をベシオの首に巻いて、レインがにこりと笑う。

 なかなかいい意趣返しかもしれない。

 力を失った今、別に違法な魔法道具アーティファクトでもないしな。


 ベシオ・サラスがあれでレインに何を命令しようとしていたかなんて、狙われたレインが一番理解していたはずだ。

 こいつは「このくらいで済んでよかった」とレインに感謝するべきだろう。

 殺されたって、文句は言えない。


「おでは……レイン、君に……」

「軽々しく、ボクを呼ばないで。ユークが困るから、殺すの、やめただけ、だよ」

「ずっど、ギミを見でだ! ずっど、ずっど……!」


 レインが俺の手を取って、握る。

 それを握り返すと、レインが小さく息を吐いて呼吸を整えた。


「ボクは、もう……この人のもの、だから」


 堂々と宣言するレインを見て、ベシオ・サラスの顔が一瞬で年を取ったように見える。


「ぞ、ぞんな……うぞだ。ぞんな」


 独語の様にブツブツと話すベシオ・サラスの目はうつろで、心がどこかに行ってしまったかのようだ。

 それを見てすっかり溜飲を下げたのか、レインが少し満足げな顔で俺を見上げた。


「ネネ、悪いけどベンウッドを呼び戻してきてくれないか」

「警邏でなくていいんすか?」

「ああ。下手に警邏に渡すと金を積んで逃げそうだからな」

「わかったっす」


 ネネが音もなく走り去っていく。


「次は、殺していい?」

「次がないのが一番いんだけどな。ああ、そうだ……こうしよう」


 小さく詠唱をして、ベシオ・サラスの頭部に触れる。


「ヒッ……が!? あああぁああばばば」


 これも、あまり人として使うべき魔法ではないかもしれないが……俺の特性としてペルセポネが掘り起こした魔法であれば、死の女神の神罰として機能するかもしれない。

 なにせ、今の俺は死の女神の使徒だからな。


「なに、したの?」

「ちょっとしたおまじないさ。もう二度と俺達の前に現れないように。さ、見張っておくから、家に入っててくれ」


 早速、魔法の効果で痙攣じみた震えを見せ始めたベシオ・サラスを見下ろしてから、レインを家に押しやる。


……レインの近くにいると、血が沸騰してコイツが死んでしまうからな。

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