第52話 目覚めと後悔

「──……う」


 窓から挿す日光の眩しさに、俺は目を開く。

 ここのところで見慣れた天井に、ようやく収まりが良くなってきたベッド。

 拠点の自分の部屋だ。


「ユークさん、おはようございます」


 俺の気配に気づいて、看病してくれていたらしいシルクが俺を覗き込む。

 その優しげな瞳に、思わずほっとする。


「おはよう、シルク」

「顔色はよくなりましたね」

「俺は……どうした?」

「大空洞に跳んだあと、魔力枯渇で気絶したんですよ。無茶をし過ぎです。一時はかなり危なかったんですからね」


 【聖域の巻物スクロールオブサンクチュアリ】と【退去の巻物スクロールオブイグジット】どちらも、一般人には使えない特別な魔法道具アーティファクトだ。

 それをあんな疲労した状態で立て続けに使ったのだから、倒れもするか。


 それでも、こうしてシルクや他のみんなが無事でいてくれたのだから、判断は間違っていなかった。


「何日たった?」

「丸二日です。配信と道中の記録ログはわたくしがまとめて提出しておきました。でも、階段エリアに入ってからの事は……。気が付いたらオルクスに囲まれていて、次の瞬間には大空洞でしたから」


 四人は魔法の力で眠るか気絶させられていた。

 状況はわからないだろう。


「何か覚えていることは?」

「ユークさんが眠って、少ししてから……ネネさんが、人の気配に気が付きました。誰かが、階段の上にいる、と警告を発して……そこから覚えていません」


抜き足差し足スニーキング・ムーブ〉や〈姿隠しインビジブル〉の魔法を使ったか、あるいはそれに近い効果の魔法道具アーティファクトを使ったのだろう。

 件のスポンサーから提供された違法な魔法道具アーティファクトが【隷従の首輪】だけとは限らないし、サイモンたちが悠々と俺達に追いついてこれたところを見ると、そういったものを潤沢に使っていた可能性は高い。


「おはよー。替わりに来たよ! ユークはどう?」


 ベッドに横になったまま、考えているとノックもなしにマリナが部屋に入ってきた。

 もう少しお淑やかにしてくれないだろうか。


「あ、起きてる!」

「マリナも無事か?」

「うん。みんな無事だよ! あたし、レインとネネを呼んでくるね」


 入ってきた扉をあけっぱなしたまま、マリナの足音が遠ざかっていく。

 あの様子だと、本当に大丈夫そうだ。

 『灰色の野』の影響はそんなでもなさそうだな。俺以外は。


「ベンウッドに報告に行かないとな……。俺達を襲ったのは、『サンダーパイク』の連中だ」

「……そうでしょう、ね。そうだと思いました。脱出直前に、顔を見ましたから」

「でも、多分もう死んだ。あの状況で生き残れるとは思えない」


 脱出間際のサイモンの声が、頭から離れない。

 あれでも、幼馴染でかつては仲間だったのだ。それを、見殺しにした。

 助けるという選択肢を最初から投げ捨てて、俺と仲間たちだけで逃げ帰ってきた。


 判断は間違っていなかった。

 恨みもあったし、助ける必要のない下衆だった。

 それでも、少しばかりの後悔が断末魔の残響と一緒に頭にこびりついている。


「あの、魔法使いの方はどんな方だったのでしょうか?」

「魔法使い?」

「はい。あの方だけは、少し他の方と違ったように思います」


 確かに、ジェミーは少し妙だった。

 妙すぎて、何がどうなっているのかいまだにわからない。

 落ち着いて話ができる状況ではなかったし、今となって確認のしようもない。


「最後に、助けてくださったんです。目を覚ました時に。【拘束縄】の魔法道具アーティファクトを解いて、何かの魔法でオルクスから目を逸らしてくださいました」


 ジェミー……いまさら、なんのつもりだったんだろう。

 いや、しかし、だ。

 俺は少し冷静になってジェミーに対する感情と評価を改める必要があるのかもしれない。

 少なくとも、彼女は俺達クローバーを二回、ないしは三回窮地から救ってくれたことになる。


 〈落下制御フォーリングコントロール〉。

 魔法を解いて、オルクスからの目隠し。


 そして、こちらは推測だが……眠りの魔法による交戦の回避。


 俺の知る『サンダーパイク』の面々であれば、奇襲はもっと攻撃的に行うはずだ。

 眠りの魔法で無力化して拘束、なんて派手好きのサイモンや好戦的なバリーが提案するとは思えない。

 もしかすると、ジェミーは俺達を助けてくれようとしていたのかもしれない。


 少なくとも、二回は確実に救われている。


「……」


 そう思い当たった直後、寒気と吐き気が湧き上がって、汗が止まらなくなった。

 自分の失態と失敗と思い違いに、反吐が出そうだ。


「ユークさん?」

「しくじった……しくじった! 俺は……ッ!」

「落ち着いてください。どうされたんですか」


 あの時、俺がそれに気が付いていれば。

 もっと状況を冷静に分析していれば。

 あの時、俺が少しばかりでもジェミーを『仲間』だと意識していれば……!


 俺が、殺した。

 『クローバー』の窮地を救ったジェミーを、過去の確執と思い込みから見殺しにしたのだ。

 あの危険な状況の迷宮に置き去りにして。


「……! ユーク、どうしたの?」


 レインが駆け寄り、俺の手を握る。


「俺、俺は……」

「大丈夫、だよ、落ち着いて。ほら、深呼吸。みんな、いる」


 視線を上げると、マリナも、ネネも、シルクも俺を心配そうに見ていた。

 ああ、ダメだ。こんなことで取り乱すなんて。

 リーダーとしてまるで格好がつかない。


「すまない。ちょっと、しでかした失敗に負けた」

「ジェミーさんの、こと?」

「どうして、それを?」


 俺の問いに、レインが何かを魔法の鞄マジックバッグから引っ張り出した。


「これ、ユークのベルトホルダーに、ねじ込まれてた」

「ベルトホルダーに?」

「うん。だいぶ汚れてたから、お手入れしてたら見つけた」


 渡されたのは、配信記録用の魔石と折りたたまれた書簡。

 手紙には、ジェミーの特徴的な癖字で『ユークへ。ジェミーより』と書かれていた。


「配信も、まだ中身は、確認して、ない。これはユークにあてたものだから」

「……ここで、今、開けるよ。悪いけど、みんなもいてくれないか?」


 俺の弱音に、全員が小さく頷いた。

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