第50話 崩落と絶体絶命
「なんだ……?」
揺れが収まると同時に、強烈な違和感が周囲を包んだ。
今までに感じたことがない不安感……安定感が失われたというべきなにか。
その答えは、すぐさま現れた。
「お、おい、なんかやべぇぞ!」
バリーの焦った声が引き金になったわけではないだろうが、次の瞬間……階段エリアが割れるような音と共にボロボロと崩落し始めた。
こんな事態は初めてで、どう対処したらいいかすらわからない。
「ぐ、うわぁぁ!」
「おお……ああああ」
立ち位置が悪かったのか、サイモンとバリーが次々と崩落に巻き込まれて落下する。
幸いマリナ達の転がされている場所は、まだ床が残っていた。
「ぐ……!」
いまだ鉛のように重い体に鞭打って、四人のところに向かう。
ここまでの状況なのに、意識が戻らない。おそらく、魔法の眠りだろう。
とにかく、みんなを守らないと……!
こんな状態で崩落に巻き込まれたらケガでは済まないかもしれない。
そう考えて、腰に手をやるが……武装解除のつもりか、各種巻物を挟んでおくベルトは外されていた。
こういう時だけ察しのいい馬鹿どもめ!
魔法は……少しなら使えそうだが、この事態に対処できそうな魔法が思いつかないし、〈
どうすればいい……ッ!?
俺の焦燥をよそに足元が徐々に崩れ始める。
気を失ったままのマリナ達を抱き寄せようとする俺を中心に〈
ふと見ると、俺のすぐ隣ではジェミーがそれを制御している。
一体どういう風の吹き回しだろうか。
「ジェミー……?」
「……」
バツの悪そうな顔をしたジェミーの魔法で、床にゆっくりと降り立つ。
そこでは瓦礫の中でうめくサイモンとバリーにカミラが回復魔法をかけていた。
「どうなっているんだ? ユーク、何をしてる! 早く僕らを助けろ!」
混乱したようにサイモンがわめく。
その不注意な叫び声が、迷宮ではさらなる危険を招くことになるなんて、想像できないのだろうか。
「……!」
多数の足音と特徴的な息遣いが通路の奥から聞こえてくる。
目を凝らすと、武装したオルクスの集団が暗闇の向こう側にうっすらと見えていた。
中には、重武装した姿のオルクスもおり、それが『無色の闇』に相応しい強敵であることを示している。
「お、おい、どうするよ……!」
退路となるのぼり階段はもうない。
さりとて、周囲からはオルクスの軍団が迫っている。
絶体絶命とはまさにこのことだ。
「ちょ、ちょうどいい! 黒エルフでもオルクスにはごちそうだろ? コイツを囮にして逃げるぞ!」
「サイモンッ! お前は……ッ!」
「必要な犠牲さ! 蛮族の命なんて些細なものだよ!」
そんな事をさせるものかよ!
いまだ意識の戻らない四人を背に庇って、サイモンを睨む。
「俺の装備を寄越せ! ここを突破する!」
「そんなことできるわけないだろう!」
「なら、ここで全滅するのか?」
焦った様子でサイモンが視線を泳がせる。
リーダーだろう、お前……!
このタイミングで責任を擦り付ける相手を探すんじゃないよ。
「サイモン、ユークなら錬金術師しか使えない
「なに、本当か!?」
サイモンに頷いてみせると、その顔が喜色に溢れた。
「……わかったよ。ほら、ユーク」
投げ渡された
なんだかおかしい。どう考えても、妙だ。
俺の視線に気が付いたらしいジェミーが目を逸らす。
「ユーク、あんたさ……。や、なんでもない。きゃはは、アタシらしくないし、やめるわ」
様子のおかしいジェミーに、悠長な問いかけをしている暇などなかった。
ついに、オルクスたちが俺達のいる通路になだれ込んできたのだ。
「〝
咄嗟に
包囲を受けた際に、時間稼ぎをするための魔法が込められた【
広がった光が、一時オルクスたちを押し留める……が、あの数だ。そう長くはもつまい。
「ここ、どこ……?」
「囲まれてるよ!」
マリナ達が目を覚ます。
ジェミーが魔法を解いたのか?
助かりはするが、さっきから一体どうしたというのだろうか。
「ユーク早くしろ! 僕たちを助けるんだろう!?」
「相変わらず使えねぇ愚図だな! 早く何とかしろ!」
前線を抑えるサイモンとバリーの悪態が響く。
「早くなんとかしろ! なんなら魔法使いの女を突っ込ませてもいいんだぞ?」
「……ッ」
ここで、俺は決断した。
きっと、俺とこいつらは徹底的にどうしようもなく乖離してしまっていた。もう、修復不可能なほどに。
ベルトに差しっぱなしの
「〝
巻物から溢れる魔力が、周囲に燐光を帯びた風を巻き起こす。
その光は俺達を優しく包み込み、やがて俺たち自身を燐光に変じさせ始めた。
「よくやった! ユーク!」
何が起こったかわからないらしいサイモンが、希望的観測からの歓喜を口にする。
この
その指向性は、使用者の俺に準ずる。
「お、おい……! どうなってんだ!? おい、ユーク! 僕はど……あがッ、やめ……いやだ! いやだッ! たすけ──……でッ」
驚いた顔のサイモンが俺を振り向いた姿勢のまま、オルクスに喰いつかれる。
その光景を目に焼き付けたまま、俺は……俺達は、大空洞へといつの間にか転移していた。
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