第41話 気になる過去とまとまらない考え

 しばしの休息を終えた俺達は、再び『無色の闇』へと足を踏み出す。

 相変わらずチグハグと目まぐるしく変わる風景にも少しずつ慣れて、進行の速度は少しずつ上がった。

 途中、魔物モンスターとの戦闘もあったが、特に大きな危機に陥ることもなく奥へと進んでいく。

 安全地帯セーフティルームでいったん休憩をとれたのが大きかったのかもしれない。

過剰な緊張は恐れを加速して足を鈍らせるからな。


「……問題なしっす。進みましょう」


 先行警戒から戻ったネネが、曲がり角の向こうから俺たちを呼ぶ。

 その顔には小さな傷がついており、じわりと血が滲んでいた。


「待て、ネネ。ケガをしてるじゃないか」

「かすり傷っすよ」

「魔力ならある。余計な気を回さなくていい。ほら、こっちに」


 手招きして呼んで、いまだ血のにじむ頬の傷を回復魔法でふさいでいく。

 見た目よりも深く切れているじゃないか。

 痛くないのだろうか。


「ちょっとしたケガでもすぐに報告してくれ。それに、いくら冒険者だって、女の子の顔に傷が残ったらどうするんだ」

「あはは、いまさらっすよ」


 苦笑するネネの顔をよくよく覗き込むと、ところどころにうっすらと傷跡が残っているのが見えた。

 化粧で隠してはいるが、これは擦過傷か……いや、裂傷だな。

 細い鞭か何かで誰かがネネの顔を打ったのだ。裂けて切れるまで。


「あ、ママルさんじゃないっすよ。これは古傷っす」

「痛みはないのか? 大丈夫か?」

「大丈夫っす。それに、自業自得っすから」


 少し無理したネネの苦笑。

 あまり深く踏み込まない方がいいか。


「そうか。でも、ケガの申告はすぐにすること。何が命取りになるかわからないからな」

「ラジャっす。さぁ、こっちっす」


 俺の不躾な行動を気にした風でもなく、ネネが先導を再開する。

 その後に続きながら、自分が少しばかり苛ついていることを自覚した。

 一体、どんな理由があればうら若い少女の顔に跡が残るような仕打ちができるんだ、と。


「ユーク、集中、だよ」


 前を歩くレインが振り返って俺を見る。

 相変わらず、レインは鋭い。

 魔法で俺の心を読んでるんじゃないだろうな。


「顔に、出てる。今度、お酒でも飲みながら、聞けばいい」

「ああ、そうだな」

「にゃはは、大した話でもないっす。高い酒があれば洗いざらい吐くっすよ」


 やり取りを聞いていたらしいネネが、冗談めかして笑う。


「そうか。なら、帰ったら持ってる中で一番いい酒を開けよう」

「柑橘系以外でお願いするっす」


 さて、ベンウッドの事務所からこっそり拝借してきた林檎酒シードルは、ネネの口にあうだろうか。






「よし、なかなかのペースだな」


 順調に迷宮内を進んだ俺達は、思ったよりも早い時間で地下二階層への階段へと到達していた。

 あれ以降、強力な魔物と遭遇することもなく……また調査結果となるような、それらしい異常も見つけられなかった。


「この魔法道具アーティファクトはすごいっすね」


 コンパスの様なものをまじまじと見てネネが呟く。


「【風の呼び水】は初見の迷宮探索ではよく使うけどな」

「見たことなかったっす。こんな便利なものがあるなんて……」


 【風の呼び水】はコンパスを模した魔法道具アーティファクトで、正確には風の流れを感知する道具だ。

 迷宮の地下から入り口に向けて流れる微細な空気の流れを感知して、階段と出入り口の方向を指す。

 これがあれば初見の迷宮でも階段の位置を把握しやすいし、迷った時も脱出が期待できる。

 内部を頻繁に変化させる『無色の闇』でも有効なようで安心した。


「さて、休憩がてらここまでの事を少し整理しようか」

「そこもかしこも異常すぎて、何が異常なのかわかりませんね」


 シルクのいう事ももっともだ。

 まずはこの『無色の闇』の正常スタンダードを把握しないと、異常がわからない。

 現状では、他のダンジョンに比べてとても異常ということしか判断がつかない。


「あのサメ頭と黒い箱じゃないかな」

「そうっすね。魔物モンスターは随分叩いたっすけど、あのサメ頭だけが特別だったっす」


 壁に向けて座る俺の背後から、マリナとネネが意見を述べる。

 二人は今、清拭の最中だ。


「確かにな。あと、ネネが狩ってる部分もあると思うが、魔物モンスターの数が少ないか?」

「最短距離を歩いてるからっすよ。あの魔法道具アーティファクトさまさまっす」

「なるほど、それもあるか」


 確かに配信のパーティは誰も【風の呼び水】を使っていなかった。

 迷宮内で魔法道具アーティファクトを調整する錬金術師がいないからだろう。


 意見をメモに書きつけていく。


「やりにくくないっすか? こっち向いてもらっていいんすよ? 真っ裸ってわけでもないですし」

「馬鹿言うな。パーティでのエチケットはわきまえている」

「あたしなんてもう全部見られた後だし、気にしないよ!」

「ゴホンッ」


 咳ばらいをしてマリナを黙らせる。

 お前がそうだから、俺は気を付けてるんだよ!


「終わったら教えてくれ」


 小さくため息を吐きつつ、思考を加速させていく。

 やはり、キーとなるのはどの記録ログにもあがっていなかった『サメ頭の魔物モンスター』と、未形成魔法道具アーティファクトと思われる『黒い箱ブラックボックス』だ。


 階層にそぐわない魔物モンスターとの遭遇は、溢れ出しオーバフロウの前兆を疑ってもいい案件であり、同様に宝箱チェストの中身についても疑いの目を向けるべきかもしれない。


 運がいい、などと割り切りはしたが第一階層の安全地帯セーフティルーム宝箱チェストが出現するなんて、異常といえば異常じゃないか?

 中身についても、『無色の闇』ともなれば財宝の質もいいとは思うが、本当に適正だろうか?


 普通、浅層に出現する宝箱チェストの内容はそれに即したものになる。

 魔物の強さと同様に、得られる宝物は階層のリスクに比例するものになるというのが定説だ。

 いきなり高品質な魔法道具アーティファクトと得体のしれない魔法道具アーティファクトとを産出したあの宝箱チェストは、果たして適正なのか?


 待てよ……?


 レインの持つ魔法の鞄マジックバッグ

 よく考えれば、あれも異常じゃなかったか?

 小迷宮レッサーダンジョンの二階層で見つかるには性能が良すぎる。


 ……という事は、やっぱり……!


「どーん」

「うぉっ」


 背中に柔らかい感触と重み。


「ユーク。言葉にしてくれなきゃわからないよ! 怖い顔してないで、ちゃんと話してよ」

「あ、ああ……。少し待ってくれ。まだ考えがまとまらないんだ」

「そうなの?」


 取り急ぎ、まずは背中から離れてくれ……余計に考えがまとまらなくなるから。

 どうせハグをするならいつものように鎧を着てくれ。


 ……なんだか落ち着かないじゃないか。

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