第32話 バザールと指名依頼

 ひと悶着あった引っ越しから二日後。


 少しばかり落ち着いた俺は、露店市バザールが開かれている通りを歩いていた。

 フィニスは周囲にいくつもの迷宮ダンジョンがある迷宮都市だ。

 それ故、その出土品を売りさばこうという冒険者や武装商人たちによる露店市バザールが毎日のように冒険者ギルドのそばにある通りに立つ。


 うまくすれば掘り出し物が見つかることもあり、俺の様な錬金術師にとっては見ているだけでも心躍る場所である。

 ……今日は俺以上に、心を躍らせている連れが居るわけだが。


魔法道具アーティファクト、いっぱい……」

「まあ、そう焦るな。ぼったくられるぞ」


 少し興奮した様子で俺の手を引くレイン。


「それで? 何を探しに来たんだ?」

「ううん、別に? ユークに、ついていきたかった、だけ」


 レインがふと表情をゆるくして、柔らかく笑う。

 どうやら、例の配信のことを俺が気にしていると、気を遣ってくれたらしい。


 ──二日前。


 『サンダーパイク』が中心となって『無色の闇』ひいては『深淵の扉アビスゲート』の大型調査依頼を国から受注するということが大々的に発表された。

 俺の幼いころからの夢、世界の端……『深淵の扉アビスゲート』。


 昨今は危険度から封鎖され、ダンジョンアタックそのものが不可能になっていた。

 これを覆すには、最低でもAランクパーティの強い要請が必要と言われていたが、今回、複数のAランクパーティによる合同調査依頼という形で国が封鎖を解いたらしい。


 これに参加できないことを、俺が悔しく思っている……と、思われているのかもしれない。


「例のことなら気にすることはないさ」


 手をつなぎ直して、混みあうバザールをゆっくりと歩く。

 苦情が出たら「はぐれないようにだ」と言い訳をしようと思ったが、レインはきゅっと俺の手を握り返してくれた。


「心配ない。別に到達を競い合ってるわけじゃないしな」

「ん。ボクが、不安だっただけ」


 二人になると素直なレインが、小さく俺を見上げる。

 そうか……レインはあの日、俺とサイモンのやり取りを魔法で聞いていたんだもんな。

 俺が、『サンダーパイク』に戻るかもしれないと思った訳か。


 ……どうにも、俺という男は信用が足りないらしい。


「俺はさ、みんなを信じてる。それに、俺の夢の形は少し変わったんだ」

「変わった?」

「ああ。約束したろ? 四人で、『深淵の扉アビスゲート』まで行くってさ。ついでに、〝生配信〟するんじゃなかったっけ?」


 少しおどけてみせると、レインが吹き出すようにして微笑んだ。


「マリナの案を、採用だね?」

「素直で明るく、みんなを引っ張る力があるいいヤツだ。時々、マリナの方がリーダーに向いてるんじゃないかと思うよ」

「ダメだよ。マリナじゃ、勢いだけに、なっちゃう」

「違いない」


 二人で笑い合う。


「じゃあ、今日はゆっくりと掘り出し物探しといきますか。レインの目利きに期待だ」

「〈魔力感知センスマジック〉で、反応するのを、探す……!」

「お、魔法使いらしい目利きの仕方だな」


 露店市バザールを回りながらいくつかの発掘品とガラクタを購入する。

 修復の必要な物も多いが、レインは面白いものを見つける才能があるようだ。

 そんなちょっとデートみたいな時間を楽しむ俺達の元に、真っ白な小鳥が降りてくる。

 それは俺の目の前で小さく鳴いて……見る見るうちに手紙に変じ、ひらりと空を舞った。


「【手紙鳥メールバード】か。……ギルドからだ」

「なんて?」

「……俺に個人依頼が来ているらしい」


 こんな事、初めての事だ。

 どうにもキナ臭い。


「ギルド、行ってみよ」

「ああ。せっかく楽しんでいたのに、すまないな」


 俺の言葉に、レインが首を振って答える。


「埋め合わせに、期待……です」





「手紙を見てきたんですけど」


 受付のママルさんにそう告げると、「ああ! あれね」と軽く拍手を打って一枚の羊皮紙が俺に手渡された。


「ユークさんに一時加入スポットの要請が来てるのよ。できるだけ急ぎで返事が欲しいって言われてるから、一応ね」


─────────────────────

指名依頼:ユーク・フェルディオ

依頼内容:パーティへの一時加入スポット参加

拘束期間:国選依頼ミッション『無色の闇』調査依頼終了まで

特記事項:国選メンバー登録期限の為、迅速な返答を望む

     依頼完了後、正式加入レギュラー登用あり


依頼者:『サンダーパイク』

─────────────────────


「なるほど……。では『謹んでお断りします』と伝えておいてくれますか? それと、しばらく俺個人への指名依頼をストップするようにお願いします」

「ですよねぇ」


 苦笑したママルさんが、俺が返した依頼票に赤ペンで何やらメモを添える。


 『一時加入スポット』とは、依頼遂行に際して専門職が必要な場合や、足りないパーティメンバーの仮の補充として使われる制度で、主にフリーの冒険者や、休業中パーティのメンバーなどが個人事業主としてアルバイト的に受ける補助依頼の一種だ。

 どちらかというと、傭兵に近い。


 現在活動中のパーティのメンバー……ましてや、リーダーを名指ししてそんな依頼をするのは、ルール違反ではないがマナー違反だ。

 普通は失礼すぎてしないし、恥ずかしくてできない。


「いいの?」

「さっきも言ったろ? 俺達四人で行くんだ。こんな見え見えの浅い甘言に乗って俺一人が行ったって、もう俺の夢とは言えない。……ってことなので、ママルさん、処理をお願いしますね」

「もう終わったわよ。手紙鳥メールバードも飛ばしちゃったわ。返事も超特急って言われてたし」


 サイモンの事だ……大方、『無色の闇』の調査をちらつかせた上で返事を急かし、また便利に俺を使うつもりだったのだろうが、さすがにこんな見え透いた手にかかるほどバカなつもりはない。

 いい加減、策謀に向いていないと気が付いた方がいいと思う。


 お前ってやつは、思い込みが激しい上に頭が非常に悪いのだから。

 『希望的観測が過ぎると足元をすくわれる』と何度注意したことか。


「ユークはいるかッ!?」


 そんな事を考えていると、当の本人がギルドに駆け込んできた。


 ああ、そうだった。行動力だけは、人並外れていたよな。

 ……すっかり忘れていたよ。

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