第17話 目標達成とユークの夢

「おめでとう~」

「おめでとう、です」

「みんな、Cランク昇格おめでとう」

「先生もですよ! Aランクなんてすごいです!」


 ──冒険者ギルドから少し離れた、居酒屋。


 その一角にある個室で、俺達はお互いを祝って日も高いうちから杯を交わしていた。

 ギルド併設の酒場でもよかったのだが、ここのところ俺達は少しばかり注目を集めてしまっている。

 気兼ねなくゆっくりできるほうがいいだろうと考えて、あえてここを選択した。

 ギルド酒場より値段は高くつくが、酒も料理もこっちの方が少し上等だ。


「まあ、とにかく大変だったが、無事に達成できてよかったよ。報酬もこの通りだ」


 テーブルの中央に、いつもより一回り大きい革袋を置く。

 例の依頼に関しては、内々にBランク依頼として処理されて報酬は大きく上乗せされたうえ、討伐したザルナグの死体もかなり高く引き取ってもらえた。

 おそらくギルドからの詫びも上乗せされているんだろうと思う。


「シルク、中身を確認してくれ。これで拠点購入に一歩前進じゃないか?」

「では、失礼しますね」


 袋の紐を解いた褐色の指先が、硬貨を一枚ずつ積み上げていく。

 受け取った俺は袋の中身を知っているが、駆け出しにとって報酬を確認するこの瞬間は、嬉しい時間だろう。

 マリナもレインも、机に丁寧に並べられていく金貨を魅入るようにして見つめている。

 こういうところは駆け出しっぽくてまだまだ初々しい。


「すごく、多いですね……!」

「今回のは最終的にBランクの調査討伐依頼として処理されたからな」


 袋の中身を最後まで数え切ったと思ったシルクだったが、終わりに何かを袋の中からつまみ出した。

 小さなメモと……それに貼り付けられた『ランドール白金貨』。


「あの、これ……先生宛です」

「んんん?」


 俺が依頼カウンターで確認した時はそんなのは入っていなかったはずなんだが。

 折りたたまれたメモを開くと、短く一文『ワシからの詫びだ』と添えられている。

 ベンウッドめ、相変わらずだな。

 こんなことをしなくとも、俺の信頼は揺らぎやしないというのに。

 ……まぁ、貰えるものはありがたくもらっておこう。


「特別報酬らしい」


 つまみ上げたランドール白金貨を、丁寧に十枚ずつの積まれた金貨の横に置く。

 これ一枚で、金貨二十枚分。一般家庭なら二ヵ月ほどは暮らしていける。

 それをポンとよこすなんて、ギルドマスターってのはよっぽど儲かるんだろう。


 金貨を数えていたシルクが、ポツリと漏らす。


「……えっと、多分これで目途が立ちました」

「お金貯まったの?」


 マリナが身を乗り出して、テーブルを覗き込む。

 倒れると危ないのでよしなさい。


「はい。まだどうなるかわかりませんけど、今回の報酬で予定していた金額には達しました」

「やったな! おめでとう」


 俺の言葉に、シルクが小さく目を伏せる。


「どうした?」

「やっぱり先生に助けてもらっての事なので、少し複雑というか……申し訳なくて。今回の依頼にしても、換金していただいた鋼鉄蟹スチールクラブに関しても、わたくし達では到底成せなかったことです」


 やれやれ、何を深刻そうにしているかと思えば。そんな事を気にしていたのか。

 だが、まあ……言うなれば、これも俺が起こした軋轢や摩擦と言えるだろう。

 少しばかり寂しいが、シルクにとって俺はまだまだ家族パーティになりきれていないらしい。


「シルク。俺はもう『クローバー』の……君たちの、パーティリーダーだ。そういう遠慮はしなくていい。俺は君たちのために全力を尽くすし、その結果は良し悪しも含めてパーティ全員のものだ。だから、気にすることはない。これは、俺達全員で得たものなんだから」

「……はい」


 シルクが顔を上げて笑う。

 実にエルフらしい控えめで静謐な笑顔だが、気持ちは切り替わったようだ。

 そんなシルクを見てマリナとレインも笑った。


「ね、ユーク」

「ん?」


 仕切り直しとばかりに俺のジョッキに果実酒を注ぎながら、レインがこちらを見る。

 ふんわりと赤い頬は、少し酔っているのかもしれない。


「ユークの、夢は……なに?」

「どうした、急に」

「ボクたちの立てた、目標は、手が届きそう。次の目標のために、聞いてみたい、です」


 小さくコツンとジョッキをあてて、ニヘラと笑うレイン。

 さては俺の話を肴に酒を楽しむつもりだな?

 意外と意地が悪いところがあるじゃないか。


 ……まぁ、いいか。


「俺の夢は『無色の闇』の迷宮最深部に挑むことだよ」


 俺の発した言葉に、レインがむせ込む。

 人の話を肴にしておいてむせ込むとは……まあ、とんでもないことってのはわかってるんだけどさ。

そんなに驚かなくたっていいだろう?


「おいおい、大丈夫か?」

「それって……」

「そう、『深淵の扉アビスゲート』の一つだよ」


 『深淵の扉アビスゲート』は、古代からこの世界に存在する異界への扉だ。

 何度も活性化して大暴走スタンピードを起こすような、『超』がつく危険なダンジョンの最奥に存在するとされている。

 そして、そのダンジョンの一つが『無色の闇』だ。


「ユークは、『深淵の扉アビスゲート』を、くぐりたいの?」


 レインが不思議そうな顔で俺を見る。


「いや、ただ見てみたいだけなんだよ。世界の果てを」


 目的というにも乏しい、ただのロマンだ。

 どこまでも続くこの世界の断崖をこの目で見てみたい……そんな、少しばかり子供っぽい夢が俺を冒険者たらしめている。


「なんだか、ユークらしい、かも?」

「納得いただけたなら結構なことだ」


 首をかしげるレインに笑って応える。


「でも、なんとなくわかるかも。ね、ユーク。そこまで行ってさ……〝生配信〟しよう!」

「おいおい。そう簡単な話じゃないんだぞ」


 迷宮に入るのだって冒険者ギルドの認可がいる。

 少なくともAランクパーティにならないと、探索許可は下りないだろう。


「ボクは、賛成。ううん……次の目標は、それがいい」

「わたくしも、ユークさんの夢はとても素敵に思えます。なんだか、お金と生活の事ばかり考えていて、そういう気持ちって忘れてました」


 三人がやる気溢れる目で俺を見る。


「あたし達、もっと頑張るから……ユークの夢を叶えようよ!」

「うん。今度は、ボクらの、番」

「頑張りましょうね、先生!」


 ……酔った勢いってのはすごいな。いや、駆け出し特有の『若さ』もあるか。

 だが、気持ちはありがたく受け取っておこう。今まではこうして夢を語る相手すらいなかったのだから。


「ああ。いつか四人で、『深淵の扉アビスゲート』を見に行こう」

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