第110話 その後の王女様
王女ミーアはイライラしながら真昼の砂浜を歩いていた。
緩やかに寄せては返す波の音に耳を傾け、ざらつく砂を蹴って彼方を見る。
デズニム国の本土は遠く、影を見ることさえかなわない。
「まーったく! わたくしをこんな目に遭わすなんて、許せませんわ!」
手には大きな陶器の瓶を持っており、中には取れたての貝や海藻が入っていた。
家に帰って、これらを自分で調理しなければ、この場所で生きてはいけないのだ。
ペッペル島はデズニム国にある孤島で、本土から追放された罪人が暮らす場所の一つである。この国には、いくつか刑務所の役割を果たす島が存在した。
季候の良いペッペル島は海にも森にも恵まれ、一年中温暖だ。食べ物には困らないし、質素極まりないが住居も建っている。
罪人の中には服飾や工芸の技術を持つ者がおり、最低限の服や道具も手に入る。
しかし、ミーアにとって絶対に許せない、大きな問題があった。
誰も王族のために働かないのだ!
「なんで、なんで、わたくしが自ら、こんなことをしなきゃならないのよ! 見ていなさい。今に、わたくしに逆らう愚民共に鉄槌を下してやる」
憎々しげに島内の集落を睨み付けたミーアは、えっちらおっちらと瓶を抱えて動きだす。
筋力のない元王女にとっては、軽い瓶でさえ運ぶのが大変で、歩く際にはがに股になった。
艶めく髪は潮風を受けてガサガサに傷み、陶器のように白い肌も茶色く日焼けしている。
島に来た当初、ミーアは囚人仲間の島民を集め、居丈高に命令した。
「わたくしとお母様のために、豪華で大きな家を用意なさい! この島にはろくな建物がないみたいね! それから、わたくしたちは空腹ですわ。気を利かせたらどうなの?」
しかし、島民たちは命令を実行することなく、のんびり家に帰っていく。
「王族の命令が聞けないの!?」
カッとなったミーアが叫ぶと、島民の一人が馬鹿にしたように嗤って言った。
「腹が減ったなら、自分で何か採りにいけばいいべ? ちょっと歩けば何か食べ物にありつけるんだから」
「なっ……!?」
「王族だかなんだか知らないが、ここへ来たからには全員囚人だ。それも、島流しに遭うくれえ極悪のな。だから、俺たちに貴賤はない」
残りの島民も「そうだ、そうだ!」と声を上げる。
ミーアは呆気にとられ、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
そして、その状況が今も延々と続く。
現在、住居は島の外れの小屋を使っていた。
母にもミーアにも建築の技術はなく、初対面で島民に嫌われてしまったゆえに、新しく建ててもらえない。
仕方なく、住民が亡くなったあとの家に移り住んだ。
城では一番の権力者だった母も、ここでは何もできない。はっきり言って、ミーア以上に!
「ミーア、やっと帰ってきたのか? 妾は喉が渇いたぞ」
娘がこんなにも働いているというのに、母はござの上に寝そべって動きもしない。
島に来てから母の世話を焼くことが多かったが、もう限界だ。
「そんなに水が欲しいのなら、勝手に汲んで来ればいかが? わたくしは、食事の準備がありますの!」
ようやく火をおこせるようになり、下手くそなりに、料理できるようになってきた。
調理不要の果物もたくさんあるが、同じものばかりだと飽きがくる。
仕方なく、他の島民の生活を盗み見て、料理の真似事を始めたミーアだけれど……
自分と比べて、母は未だ何もできないままだった。
しかも、いつも食べて寝てばかりいるので、この数ヶ月で岩場で見かけるトドのように太りまくっている。
「お母様、わたくしは忙しいのです」
「ミーア、母に向かって、なんという言い草だ」
「手がかかるだけの足手まといは不要。命令してこないぶん、赤ん坊の方がマシですわ。あまりにうるさいと追い出しますわよ?」
のそりと起き上がった元王妃は、しぶしぶ井戸へ出かけていった。
「はあ、ロビンは今頃どうしているのかしら。女人禁制の修道院、ここと違ってきちんとした建物もあるし、食事だって出てくるのだから……羨ましいですわ」
いつ戻れるか目処も立たない中、ミーアはかつての婚約者を思い出すのだった。
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