第97話 破綻する企み



「わ、私たちは……修道院で、人身売買されそうになったのです! あ、あの人に……!」


 そう言って、震えながらナゼル様を指さす令嬢その一。

 罪悪感からか、目の泳ぎっぷりが半端ない。


「そうです。えっと、えっと、彼から言い寄られました!」


 令嬢その二も、とんでもないことを言い出した。

 事前に指示された台詞を思い出そうと必死なのか、無理矢理感がすごい。

 手近な令嬢を誘惑したのかもしれないが、あきらかに演技に向いていない人選だ。


「そ、そうです! それから、セクハラされました!」


 令嬢その三の言い分には、多くの貴族が目を剥いた。

 ……なんなの、この茶番。


(下心満載のロビン様ならともかく、ナゼル様ほどの誠実な美形は、わざわざそんなことをしてもメリットがないのよ。言い寄ったりしなくても、ナゼル様は立っているだけで魅力的なのだもの)


 女性からアピールされているのは何度か目撃したけれど、逆はない。

 自分がしているからといって、当然相手もそうだろうという前提で成り立つロビン様の作戦は、早くも破綻し始めた。

 その証拠に、集まった貴族たちも、うさんくさげにロビン様を眺めるばかりだ。

 

(そう、状況は以前の婚約破棄の頃と変わっているの)

 

 それなのに、ロビン様は周りの変化に気がつかないのだ。

 すでに多くの貴族は、彼の言葉を真に受けないようになっている。


 ロビン様が彗星のごとく現れた王女殿下の婚約パーティー。

 当時は、彼を知らない貴族が大半で、黙って様子見する者や、ひとまずミーア殿下になびく貴族ばかりだった。

 だからこそ、ああいった流れになり真実は封印され、ナゼル様はさっさと辺境に追い出されたのだ。

 

 しかし今、ロビン様を王配に据えたことで、各方面の人々が迷惑を被っている。

 それほどまでに、彼の素行の悪さは目立ち、味方だった周りの顰蹙を買った。

 民の評判もすこぶる悪い。

 

(第二王子派以外の人も皆、気づき始めたのね。ナゼル様は、えん罪を着せられたのだと。黒幕はロビン様のほうだったのだと)

 

 その上で、今回の空虚な罪のでっち上げ。

 もはや、乾いた笑いしか出ないといった雰囲気だ。

 ナゼル様も無表情ながら、ロビン様の作戦に呆れているのがわかる。

 

「俺はアニエス以外の女性には、まったく興味が湧かないのだけれど。君たちは誰なのかな? ロビン殿に弱みでも握られた?」

「なっ……そんなことは……! ロビン様は優しくて、私の悩みを聞いてくれただけよ!」


 女性の言葉に、今度は王女殿下が反応する。


「あ、あなた……ロビンに手を出した泥棒子爵令嬢じゃない! ひと月ほど前に勘当させたはず! なんでここにいるのよ、ロビン!」

「あー……人違いじゃないかな、ミーア」

「いいえ! そこの女も、そっちも、もう一人も、わたくしが親に圧力をかけて家から追い出させたのよ! ロビンだって、浮気相手は修道院へやって精算するって言ったじゃない!」

「うへぇ……全員把握しているの?」


 どうやら、ロビン様は過去の女性を連れてきて、言い訳に使おうとしていたようだ。


(リリアンヌ様のときのように、彼女たちはロビンに恋して盲目になっているのね。乙女心を利用して悪事に誘導するなんて、最低な人だわ。しかも、今の会話……「精算」って、修道院経由で売ることよね? それじゃあ、ミーア殿下も人身売買について承知の上で動いていたの?)


 ともかく、ミーア殿下とロビン様のすれ違いから、彼が仕掛けたナゼル様への糾弾材料が限りなく怪しいと疑惑を呼んでしまった。

 事前の打ち合わせ不足というか、コミュニケーション不足というか……

 二人は互いに足を引っ張り合っている。

 

「もうっ! ミーアはちょっと黙ってよ~。俺ちゃん、今からナゼルバートを断罪するんだから」

「駄目ですわ! ナゼルバートには、仕事をさせなければならないのですから。王配に据えると伝えていますでしょ? お母様の意向でもあるのよ?」

「反対だよ~! 王配は俺ちゃんだけで十分だよ~!」

「だから、あなたが仕事ができないから悪いのですわ!」

「俺ちゃんのせいにしないでよ。そんなに言うんだったら、ミーアが仕事すれば良くない?」

「嫌です!」


 貴族たちが集まる前で、ミーア殿下とロビン様の喧嘩が始まってしまった。

 取り残された三人の令嬢は、ただオロオロと縮こまることしかできないようだ。


(これ、何もしなくても、二人は自滅するんじゃないかしら……)

 

 少しだけ、期待したものの……そこに新たに鋭い声が飛ぶ。


「お前たち! 何を言い争っている! 見苦しい!」


 声のほうを見ると、堂々とした姿の王妃殿下と、彼女の後ろにちょこんと立つ国王陛下が階段を下りてくるところだった。

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