第95話 辺境領主VS王女殿下

「ロビン殿、あなたにはあとで話したいことがある。今は私の妻にこれ以上近づかないでもらおう」

「あはは、いつまでそう言っていられるかな~? お前もわかっているはずだよ」

「……ロビン殿こそ。私の妻ばかり見ずに、後ろを確認したらどうかな」

「へっ?」


 彼の後ろでは、目をつり上げた王女殿下が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「ロビン? いなくなったと思ったら、そんなところで何をしているのです?」

「……っ!? あはは~、なんでもないよ~」

「そうかしら?」

「うんうん! ミーアは怒った顔も可愛いね~」

「……はあ。まあいいですわ、そろそろ疲れましたし退場しましょう。目的の人物も見つけたわけですし?」


 そう言うと、ミーア殿下は挑戦的な目つきでナゼル様を見上げた。


「久しぶりですわね、ナゼルバート」

 

 少し離れた場所で、レオナルド殿下とラトリーチェ様が様子を窺っている。

 ナゼル様はミーア殿下に形式的な挨拶をし、ロビン様はそそくさと妻の傍へ戻る。

 

「意外にも辺境生活を満喫していたのかしら。愛人連れなんて、いいご身分ですわね。芋くさ令嬢はどうしましたの」

「隣にいますよ」


 微笑むナゼル様は愛おしげに琥珀色の瞳で私を見つめる。素敵すぎて溶けてしまいそう。


「冗談を。全く別人じゃないの!」

 

 勝ち誇った態度の王女殿下に、ロビン様が小さく告げる。


「ミーア、紛れもなく本人だよ。化粧を取った芋くさ令嬢、意外と美人だったんだ」 

「なんですって!?」


 途端に面白くなさそうな顔に変貌したミーア殿下は、私を見据えて艶めいた唇を開く。


「わたくしの伴侶を誘惑しようだなんて、いい度胸ね。前回の腹いせかしら?」


 あんまりな言いがかりに、一瞬言葉を忘れてしまう。

 

(どうしてそうなるの? 誘惑なんてしていませんけど!)


 むしろ、ロビン様がグイグイ来るので困っていたのだ。

 しかし、当のロビン様はというと……なぜか、嬉しそうな表情を浮かべ始める。


「俺ちゃん、モテモテ~。フゥーッ! 二人とも、俺ちゃんのために争わないで~」

 

 彼の頭の中はどうなっているのだろう。凡人には理解できない。

 隣をそっと見ると、ナゼル様がいつになく無表情になっていた。


(……怒っているわ)


 ずっと一緒にいたからこそわかる。

 まるで人形のような面差しは、かつて「人間味がない」と言われていたらしいナゼル様を彷彿とさせる。


「それはこちらの台詞です。あなたの王配殿が妻にちょっかいを出すので困っています。伴侶の監視は、しっかりとしていただきたい」

「まあっ! 生意気な! わたくしに言い返すなんて、ずいぶん偉くなりましたわね。その鼻っ柱、へし折ってやりますわ!」


 ミーア殿下は堂々とナゼル様を指さして告げた。


「ナゼルバート、命令よ! 隣の芋くさ女と別れて、わたくしの伴侶になりなさい! 不本意だけれど、お母様の意向なのですわっ! 間違っても、わたくしに愛など求めないで。お前は形だけの伴侶、ただ仕事をするためだけの歯車なのですから、大人しく……」

「お断りします」


 表情を変えないまま、ナゼル様が即答した。

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