第94話 芋くさ夫人VS略奪男
(えっと、王女殿下は……)
見ると、ミーア殿下は一人で、まだ貴族の対応をしていた。
王女殿下は出産して間もないのに、ロビン様は彼女を助ける気がないようだ。
(なんて、駄目な人なの……! 自分の子供も放置だし、王女殿下や息子が大切じゃないの?)
怪訝に思う私を意に介さず、ずんずん近づいてきたロビン様はにっこり笑いかけてきた。
ヒクヒクと口元をつり上げながら、形式的な挨拶をする。
「ご、ごきげんよう、ロビン様……このたびは王女殿下のご出産並びにお子様のご誕生、おめでとうございます」
「ん~もう、そんなのどうでもいいからぁ~! 再会できた喜びを分かち合おうよ~」
(ど、どうでもいいの!?)
あまりの言葉に、私は声を失う。
「君とは、もっと話をしたかったから~。会えて嬉しいよ、小鳥ちゃん」
「ひいっ!」
思わず後退する私を庇うように、ナゼル様が前へ出てくれる。
それを見たロビン様は、こともあろうに、その場でナゼル様を挑発しだした。
「あれ~? ナゼルバート、ずいぶん余裕がないんだなあ? まあ、小鳥ちゃん、美人さんだもんね~? 無理矢理結婚させられた相手だけど、情が湧いちゃったのかなあ? そう考えると、芋くさ令嬢と結婚できて得したよね~?」
「……ロビン殿は、相手の外見にしか興味がないのですか?」
「貴族令嬢の中身なんて、どの子もあまり変わらないでしょう? おしとやかで、心が弱いから、寄り添ってあげたくなるよね~」
絶句する私に目を向け、ロビン様は妖しげな笑いを浮かべる。
漆黒の彼の目に、赤みを帯びた光が混じり始める。
(あれ? ロビン様から視線が離せない……!? どうなっているの?)
身動きがとれず動揺する私だけれど、まだ誰もそのことに気がつかない。
「ねえ、小鳥ちゃん。君だって悩み事があるんでしょう? 苦労ばかりの辺境での生活が本当は嫌なんじゃないの~? 俺ちゃん、相談に乗ってあげるよぉ~? ここで全部暴露しちゃいなよ」
甘く目を細めるロビン様がにんまりと笑うと、私の心にあった小さな悩み事や不安がすっと軽くなっていくのがわかった。
(なに、これ……)
今まで感じた経験のない不思議な感覚には、心が洗われるような心地よさがあった。
浄化とでも言えばいいのだろうか。ふんわりと温かな気持ちになる。
「ねえ、ずっと辛かったんでしょ? 好きでもない男と結婚させられて、辺境へ飛ばされて、実家まであんなことになって……辛くないはずがないよね? 俺ちゃんにはわかるよ~。ナゼルバートなんかに遠慮しなくていいんだよ~? この際、不満を全部ぶつけてやりなよ~」
いかにも共感していますと顔を作るロビン様。
(いい人ぶっているけれど、エバンテール家を犯罪に走らせたのは、あなたでしょう?)
しかし、ロビン様に応えるように、勝手に心の中で思っている言葉が口から出て来てしまう。
「私、私は……」
ロビン様の顔が嬉しそうに歪む。
その光景を見て、彼がこの場で私に不満を言わせ、ナゼル様に恥をかかせようとしているのだとわかった。
(なんて酷い人……! でも、心がぼんやりして、ひとりでに口が……)
ロビン様に誘導されるまま、私は思っている内容を正直に話してしまう。
「私は……幸せです。ナゼル様に会えて、辺境へ行けて」
「そうだよね~……って、ええっ!?」
予想した答えと違ったのか、突如ロビン様が慌てだした。
「最初は自分なんかを押しつけられて、ナゼル様に申し訳ないと感じていましたけれど、彼はそんな私でも愛してくれました。実家にいた頃のように暴力を振るわれる危険もなくなりましたし、仲の良い人々もできて夢のようです」
会場の貴族たちが、私の話を聞いて感動している。
頭がぼんやりしたままの私は、つらつらと思いを話すけれど、そのどれもが今の生活に満足しているという内容だった。
ついでに、ナゼル様との”のろけ話”も少ししてしまい……恥ずかしい。
期待した言葉を引き出せなかったからか、ロビン様はわかりやすく不満げな顔になる。
「アニエス、アニエス?」
心配そうに、私を優しく揺さぶるナゼル様のおかげで、徐々に正常な思考が戻ってきた。
先ほどのおかしな状態はきっと、ロビン様の魔法のせいだ。「浄化」とでも言えばいいのだろうか、心の中の不安を取り除いて心地よくさせる不思議な魔法。
私もしばらくの間、放心状態になってしまった。
(さすがロビン様だわ、とても珍しい魔法ね。でも、使い方によって良いものにも悪いものにも変化しそう)
一時的に精神の不安を取り除ける魔法は、心の弱った者にとっては素晴らしい宝だろう。
ただ、使い方によっては依存を引き起こしそうだ。
それから、魔法のせいで心がいつになく無防備になるため、思っていることを全部正直に話してしまうなどの弊害がある。
(まさに、自白魔法……)
相手を依存させ放題、相手の弱みを握りたい放題。
昔、王女殿下は「聖なる魔法」などと自慢していたけれど、ロビン様の魔法は恐ろしいものだ。
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