第84話 芋くさ夫人友達ができる

 人身売買に関与した父と母はラトリーチェ様によって捕縛され、レオナルド殿下によって連れ帰られた。今後は事情聴取が待っている。

 強気な父や母も、騎獣を従えたラトリーチェ様と近衛の皆さんを前にしては、ただブルブルと震えているだけだったとか。

 

 屋敷に残ったベルトラン殿下とラトリーチェ様は、難しい顔で私やポールに話しかけた。

 ずっとナゼル様に捕獲されたままだけれど、誰からも突っ込みは来ない。

 慣れって恐ろしい……

 

「エバンテール家は、おそらく取り潰されるだろう。というのも、君たちのご両親以外にも多数の親類が事件に関わったからだ。エバンテール家の治める領地でも、若い女性がいなくなる事件が相次ぎ、調べてみたところ最寄りの修道院で売られそうになっているのが発見された」

 

 ベルトラン殿下にラトリーチェ様も頷いた。

 

「ポールが跡を継ごうにも、まだ十二歳で領地経営の知識がないだろう。他の人物を据えれば、エバンテール家の地位はそちらに渡ってしまう。その人物に娘がいれば君と婚約させればいいが……そう上手くいくかどうか」

 

 仮に娘がいても、親が成長したポールに実権を返してくれるとは限らないし。

 今の世間知らずなポールでは、とても太刀打ちできないよね。

 

「……というわけで、提案があるのだが」

 

 ラトリーチェ様がポールを見据えて口を開いた。

 

「隣国ポルピスタンへ留学してみないか? 現在、将来有望な他国の貴族子弟の募集を募っている。私が君の後ろ盾になろう」

 

 ポールは慌ててラトリーチェ様に告げる。

 

「しかし、そんなことまでしていただくわけには……!」

 

「私の影響力はこの国では薄いが、ポルピスタンでは、それなりの待遇が受けられる。これからエバンテール家への風当たりは強くなるから、ほとぼりが冷めるまで勉強も兼ねて隣国へ行ってみるのも悪くないと思うのだが?」

「たしかに、僕には帰る場所がありませんけど」

「スートレナに残って、領主一家を手伝うという選択はありだぞ?」

 

 考え込むポールは、やがて顔を上げてラトリーチェ様を見た。

 

「留学、させてください……お願いします。狭い世界の常識を信じて生きてきた僕は、とても世間知らずだと、今回の件で痛感しました。もっと世界を知りたい」

「決まりだな、手配は本国にいる弟に任せよう。帰ってきたら、ベルを支えてやってくれ」

「ありがとうございます。必ずや、ベルトラン殿下とラトリーチェ様のお役に立ってみせます」

 

 ラトリーチェ様と彼女の同母弟は仲が良いらしい。

 

「私からも、ありがとうございます、ラトリーチェ様」

 

 弟が世話になるので、私もお礼を言った。

 

「構わんさ。スートレナとは友好な関係を築きたいからな」

 

 こうして、弟ポールの留学が決まった。

 

「それはそうと、私はアニエス夫人と仲良くしたい。王妃が幅をきかせているせいで、なかなか親しい貴族女性がいなくてな。こんな性格だし……」

 

 照れながら話すラトリーチェ様の言葉を聞いて胸が高鳴る。

 

「是非! わ、私も! 貴族女性の友達がいないんです!」

 

 ベルトラン殿下が飲みかけていたお茶を吹き、ナゼル様は動揺し、トッレは「そういえば……」と驚く。

 芋くさ令嬢に女友達がいないのは本当で、辺境ではケリーやメイドさんたちが友達代わりだった。

 

「そうか、なら、これからよろしく頼む。アニエス」

「はい!」

 

 初めての女友達は、なんと王子妃のラトリーチェ様になった。

 その後、少しの間、ベルトラン殿下とラトリーチェ様は我が家に滞在し、私はラトリーチェ様と一緒にジェニを乗り回したり、彼女の愛馬に乗せて貰ったりと、楽しい日々を過ごしたのだった。

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