第54話 芋くさ夫人は見学する

 救助活動を続けていると、街の中にナゼル様を発見した。ついでにトニーもいる。

 私が地面に降り立つと、ナゼル様は焦った様子で駆け寄ってきた。

 

「アニエス、何をしているんだい? 外は危険だ」

 

「怪我人を屋敷へ運んでいました。ワイバーンに乗れるのが私だけでしたので……トッレは天馬派だし。ナゼル様は……魔獣退治でしたか」

 

 彼らの向こうには大きな魔獣が倒れている。

 外見はトラに似ており、背中には小さな羽が生えていた。

 

「アニエスが頑張っているのはわかった、ありがとう。でも、危険だから君は屋敷へ戻って。お願いだから」

「ナゼル様はこれからどうされるのです?」

「俺は……」

 

 それから、ナゼル様は手短に「もう一匹の魔獣が街中に入り込んだ」という話をした。

 その魔獣の危険度は低いが、トニー曰く、まっすぐ領主の屋敷を目指しているのだという。

 

「なら、急ぐべきですね。ジェニに乗ってください」

 

 ジェニの後ろにナゼル様とトニーを乗せ、私は夜空へ飛び立つ。

 街中で燃えさかる火は弱まっており、徐々に辺りは暗くなっていった。

 庭につくと、魔獣について知っているトニーが口を開く。

 

「さっき、ナゼルバート様には『問題の魔獣が領主に飼われていた』という話はしましたよね。そいつが前領主の死因なんですよ」

「ええっ!」

 

 衝撃的な話を聞いて、びっくりした私は声を上げた。

 そういえば、前の領主は魔獣に殺されたのよね。

 まさか、自分の飼っている魔獣にやられたとは意外だったけれど。

 

「庭の奥に古い厩舎があったわね」


 暗くてジメジメして、ところどころに血痕がついた気味の悪い厩舎が。


「あそこで飼われていたのかしら」

 

 新しくジェニの厩舎を建てる際に、古いものは取り壊した。

 

「あいつは領主の家で代々飼われいてる、珍しい種類で知能の高い魔獣でした。人間の言葉を全て理解し、上下関係や地位まで把握するような奴です。俺の両親は前領主の元で働いていましたが、俺自身も魔獣の飼育を手伝っていて……あいつのことは知っているんです。本来は穏やかな性格だということも」

 

 しかし、前領主は鬱憤晴らしに珍しい魔獣を虐待していたらしい。

 そんな魔獣をトニーや彼の両親が庇い、領主に殺されそうになって……

 

「俺たちを守るため、魔獣が領主を殺した。その後、俺らがあいつを森に逃がし、一連の事件を隠した。こんなことになるとは思わなかったから」

 

 俯くトニーにナゼル様が話しかけた。

 

「で、その魔獣はどうして領主の屋敷へ向かっているの?」

「領主を殺すためだ、あいつは領主という存在を憎んでいる。屋敷に住む新たな人間の気配を感じ取ったのだろう……普段は理性で抑えていた恨みが、新月で制御が効かなくなったんだろうな」


 先々代の領主に捕らえられて、狭くて暗い厩舎の中で過ごし、先代の領主には虐待された。

 恨みは深いのだろう。


「そうか、俺が対応しよう。アニエスは安全な場所に移動して」

 

 ナゼル様が心配だけれど、私がいれば足手まといだと理解はできる。

 なので、ジェニを厩舎へ帰し、私も厩舎の中から外の様子を窺うことに決めた。

 窓を小さく開けてこっそりナゼル様を見守る。ジェニも窓の傍までやって来た。

 

 しばらくすると、ドスンという大きな音が庭に響く。現れたのは八本の足を持つ巨大な馬だった。ドスンというのは、馬が塀を跳び越えた音みたい……

 もともと庭にはかがり火をたいていたので、夜でも辺りの様子が見える。

 

「畑がある場所じゃなくて良かった」

 

 トニーが何か言いながら魔獣に駆け寄っていく。説得を試みているようだ。

 ナゼル様が止めようとしたが、トニーはそれを無視して魔獣に触れた。

 

「ちょっと距離があるから、よく聞こえないね。でも、危ないんじゃ……」

「グルル……」

 

 ジェニは私の隣で返事をするように小さく唸っている。

 予想したとおり暴れだした魔獣は大きく嘶くと、トニーに向けて両足を振り上げ……

 

「大変、踏み潰されちゃう!」

 

 すると、ナゼル様が素早く前に出てトニーを庇った。魔獣の足がナゼル様に当たり、彼を跳ね飛ばす。

 思わず外に飛び出そうとした私だけれど……

 

「あれ、ナゼル様。普通に立ち上がった? 魔法の植物で魔獣を拘束したわ」

 

 ナゼル様は余裕に溢れた感じで、あっさりと魔獣を捕まえてしまう。トニーも無事みたいだ。

 安全を確認し、私はジェニの厩舎から外へ出た。

 ついでに、魔獣を拘束する植物も強化しておこう。

 

「アニエス、出て来ちゃったの?」

「大丈夫そうだったので。ナゼル様、怪我はありませんか?」

「うん……なぜか、ピンピンしているよ」

 

 ナゼル様は私を抱きしめてスリスリし、トニーは拘束された魔獣にずっと話しかけている。

 

「この人は、今までの領主とは違う! お前を傷つけたりしない! もう大丈夫なんだ!」

 

 理性をなくした馬は相変わらず暴れているけれど、夜が明けるにつれて状態は落ち着いていくそうだ。

 人助けをしたり、魔獣退治を見守ったりして余裕がなかったけれど、気づけばだんだんと空が白み始めている。夜明けが近い。

 

「トニー、魔獣は檻を作って入れておくから、君も避難所で少し休むといいよ」

 

 ナゼル様は魔獣を囲むように柵を張り巡らせ、私はそれを強化する。

 騎獣牧場のような天井まで覆われた柵の中で、ナゼル様は魔獣の拘束を解いた。

 

「……ありがとうございます。ナゼルバート様。あとで、詳しい話をさせてください」

「うん、わかった」

 

 全てを終わらせたナゼル様は、うろうろする私を捕獲して屋敷に向かう。

 好奇心旺盛なジェニが厩舎の窓からコバルトブルーの目を覗かせ、楽しそうに私たちを見つめていた。

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