第40話 芋くさ一家、出禁にされる

「エバンテール侯爵、怪我はないか?」

 

 第二王子のレオナルド様に淡々と問われ、父は慌てて起き上がる。

 

「は、はい!」

 

 父の頭にはクリームがたくさん載っていた。

 私やナゼル様に対しては横柄な父も、さすがに王族の前では礼儀正しい。

 なんだかなー……と思ってしまう。

 しかし、父はこの期に及んで、レオナルド様に余計なことを訴え始めた。

 

「あの罪人めが、私に恥をかかせたのです!」

 

 そう言って、父がナゼル様をビシッと指さす。あちゃ~……

 この人は何もわかっていない。ナゼル様はレオナルド様に招待されたのに!

 それに文句を言うことは、第二王子を否定することに繋がる。

 

 レオナルド様は少し考えたあと、父の正面に立って言った。

 

「ナゼルバートは僕が呼んだ。異論があるのか?」

 

 問われた父は、「とんでもない」と、大きくかぶりを振る。だが、不満を伝えずにはいられないようだ。

 

「しかし、こやつは、王女殿下に不敬を働いた罪人ですぞ!」

 

 お父様……人はそれを、異論があると言うのよ。

 

「エバンテール侯爵。ナゼルバートは無罪だ。本当の罪人は……知っている者もいるだろう。今日はそのことを伝えようと思っていたのだ」

 

 ざわめいていた貴族たちが、徐々に静かになっていく。

 

「今、王城は王妃や姉、そして姉の子の父親である男爵家のロビンが牛耳っている。だが、彼らの実務能力には難があるようだ」

 

 貴族たちから同意の声が上がる。特に王城勤務の貴族は大きく頷いていた。

 迷惑をかけられているらしい。

 

「王女の婚約者だったナゼルバートは、身に覚えのない罪を負わされ、辺境へ追放された。そして現在、ロビンの暴走によって、第二、第三のナゼルバートが出てきている。あの男は王女の伴侶だったにもかかわらず、気に入った令嬢に声をかけては、婚約者の男性を陥れているようだ。このままにしておけば、王宮の秩序が乱れてしまう」

 

 パーティーの参加者たちがどよめき、男性陣からは強く同意の声が上がる。

 

 厳しい教育を受けて育ってきた世間知らずの令嬢たちは、甘い言葉を囁く毛色の違った美青年が気になって仕方がないらしい。

 そして、彼女たちの婚約者である男性たちから、ロビン様は害虫扱いされているそうだ。

 うーん……王宮組は大変そうだな。

 

「僕は事態を静観していたが、このままでは国を揺るがす結果になりかねないと判断した。だから、具合が悪く動けない兄上に変わり、いざというときの準備を進めたいと思う」

 

 いざというとき。それは、状況次第では、第二王子のレオナルド様が王妃や王女に取って代わるということだろうか。


「それから、エバンテール侯爵家。お前たちは今後しばらく、全ての行事への参加を禁止する。僕の前にも顔を出すな」

「そ、そんなっ!」

「これだけの騒ぎを起こしておいて、処分されないとでも思ったか?」

 

 ハラハラしていると、レオナルド様がナゼル様に言った。

 

「ナゼルバート、奥方を休ませてやれ。あとのことはヤラータがやる」

 

 いきなり名指しされた会場提供者のヤラータが、少し離れた場所で慌てているのが見える。

 私とナゼル様は伯爵家の一室に通され、大暴れした父はパーティーを強制退場させられた。最後まで大声で言い訳していたようだけれど……

 あの状態では、どのみち会場にいられなかったよね。

 

 小さな客室でゆったりとくつろぎながら、私はナゼル様を見た。

 

「ナゼル様。助けていただいてありがとうございます」

 

 彼はいつも、私を守ってくれる。

 パーティー会場で、父に毅然と立ち向かってくれたことが嬉しかった。

 家族と対面した緊張から、まだ体が震えるけれど、ナゼル様と一緒なら大丈夫だという安心感がある。

 

「君に怪我がなくて良かった。アニエスの家族と対立したくはなかったが、俺の想像以上に話の通じない人たちだったな。もう少し、上手くことを運びたかった」

 

 いえいえ、じゅうぶんです……

 あの父親の拳を避けきっただけですごいです。

 

「エバンテール家は、譲れない信念を持っているようだね。あそこまで一家揃って方針を貫くのも、却って難しそうだけれど」

「父と母は従兄妹同士なんです。同じ一族の出身だから、どちらもエバンテール家の考えを忠実に守り続けています。もし母が他家の出であれば、私の相談に乗ってくれたかもしれませんね」

 

 現実は違うので、今さらどうこう言っても仕方がない。

 一族同士の婚約だから両親の結婚は楽だったし、障害も少なかったようだ。

 けれど、それと同じ結果を娘に求めるのは止めて欲しい。一族以外で婚約者を探すのは、それはもう難しかったのだから。

 結果として、婚活を失敗し続けて良かったけれど。

 

「……あの人たちは昔からそうなんです。なので、ナゼル様は気にしなくていいですよ」

 

 いくら反抗しても徒労に終わる。

 会話が成り立たない虚しさもあり、実家にいた頃の私は、最後には諦め、家族の命令に従った。そうするしかなかった。

 

「アニエス。俺と結婚するまで、よくあの家で頑張ったね。たった一人で、誰にも相談できずに」

 

 正面から体を引き寄せられ、ポンポンとあやすように背中を叩かれる。

 

「もう、大丈夫だから。俺がアニエスを守るから」

 

 彼のぬくもりに包まれた私は、胸がいっぱいになった。目頭が熱い。

 知らず、私はナゼル様にギュッとしがみついていた。

 

 ……ああ、好きだな

 ……私、ナゼル様のこと、やっぱり本気で大好きなんだ

 

 最初に出会ったとき、素敵な人だと思ったし、結婚にも抵抗がなかった。

 採用面接のとき、愛人を迎えたくないと感じた。

 今だって、ナゼル様が夫で良かったと思っている。

 できれば、このままずっと夫婦でいたい。

 ナゼル様と一緒にいると、私はとても心が安らぐのだ。

 

 私は顔を上げ、ナゼル様を見つめる。

 

「ん? どうしたんだい?」

「え、っと……ナゼル様、格好良かったなと思って」

「…………」

 

 ナゼル様は、瞬きしながら黙り込んだ。あ、あれ? 変なことを言ってしまったかな?

 よく見ると、彼の頬が少し赤い気がする。

 

「あの、ナゼル様?」

「……と……」

 

 はっきり聞き取れず、私は「えっ?」と返す。

 すると、ナゼル様は琥珀色の目をそらせて、恥ずかしそうに口を開いた。

 

「アニエスが、とても愛おしくて。どうにかなってしまいそうだ」

「…………」

 

 今度は、私が瞬きをする番だった。

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