第32話 芋くさ夫人は面接官(後)
しかし、一番取り乱しているのは、目の前のレベッカだった。
よりにもよって、ナゼル様の目の前で、夫人である私を引っ叩こうとしてしまったので。
「う、嘘よ……なんで、メイド頭が領主夫人なのよ……そんなの、知らないわ。ぜんぜん、噂と違うじゃないの! 私は、悪くない!」
青い顔で後退するレベッカ。
そんな彼女にナゼル様は冷たい声で言った。
「君は不採用だ。キギョンヌ男爵の名前は知っているよ、近々挨拶に伺おうと思っていたんだ。資金繰りで気になる点があってね……」
今まで見たことがないくらい、ナゼル様は酷薄な表情を浮かべている。顔が整っているだけに、余計に迫力があった。
そんな中、無表情のケリーが進み出て、そそくさと部屋の扉を開ける。
「お帰りは、こちらからどうぞ」
ヘンリーさんより青い顔のレベッカは、よろよろと元気なく扉を出て帰っていった。
メイドの採用面接は、初っぱなから波乱に満ちている。それに――
「あのぅ、ナゼル様?」
「何かな、アニエス」
私を庇って抱きしめたままのナゼル様は、まだ放してくれない。
「二次面接がありますので……そろそろ、腕を解いてもらっていいですか?」
「ああ、ごめんね。可愛いアニエスがあんな目に遭っているのを見て、つい……」
ナゼル様は、いちいち言うことが甘々です。
先ほど、私は「彼を好きだ」と完全に自覚してしまったため、思いがけない距離の近さに気が遠のきそう。
「アニエス、邪魔はしないから、面接の続きを一緒に見守らせて? 心配なんだ」
耳元でお願いされた私は、コクコクと首を縦に振ることしかできない。
ナゼル様、美声なんだよ。
※
気を取り直して……二次面接、スタート!
特に問題がなければ、これでメンバーを決めようと思う。
私は順番にメイド希望の人たちを別室に呼ぶ。
面接官の席には、ナゼル様と……なぜか、ヘンリーさんが増えた。
ナゼル様がこちらに来てしまったので、手持ち無沙汰だったみたいだ。
「最初はモッカさんですね。改めまして、スートレナの領主夫人、アニエスです。さっきは、メイド頭だと騙してごめんなさい。あなたたちの普段の姿が見たかったの」
それが、まさかあんな修羅場になるなんて、予想だにしなかったわ。
「家事は、どのようなことをしていましたか? 調薬はどの程度できる?」
「料理、洗濯、掃除をしていました。傷薬と胃腸薬、できものの薬、化粧水なんかも扱います。実家は薬草採取を生業にしています。でも、ここのところ魔獣が増え、森には入れなくて……」
少しでもお金を稼ぐため、モッカが別の業種で働くことを決めたらしい。
次に、ナゼル様が質問する。
「魔法の種類と、ご実家の場所は?」
「私の魔法は乾燥です。と言っても、魔力が少ないので、乾燥できるのは一日に少量だけで、薬草と食べ物が乾くくらいです。実家は、スートレナ領の東にある森の近くです。できれば、住み込みを希望します」
なるほど、求人票には通いでも住み込みでもいいと書いてある。
たまたま街へ薬草を売りに来ていたモッカは、偶然求人票を目にしたのだとか。
「わかりました。結果は最後に発表しますので、別室へ移動してください」
ちなみに、不合格の場合は「結果は後日お知らせします」と伝え、控え室を通らず、裏口から帰ってもらうことになっている。
レベッカは強烈すぎたけれど、あとのメンバーは常識的だ。
次のパティーも無事に面接を終えた。
続いて食堂で働いていたメイーザが入ってくる。
彼女の経歴を見た私は、駄目元で質問してみた。
「料理が得意らしいですが、メイドではなく料理人として働きませんか?」
「えっ?」
メイーザは面食らった様子で瞬きする。
「ですが、私は雇われの身でしたし、作れるのは庶民の食堂で出る料理ですよ? お貴族様の口に合うものではないかと……」
「ちなみに、どこの食堂に勤務していたのですか?」
今度はヘンリーさんが口を出した。
すごく面接官ぽいけれど、あなた、うちの屋敷の人じゃないでしょう……?
「砦の近くの『青い野いちご亭です』」
「あの人気店ですか、昼時にはいつも列ができていますね。私もよく利用しますが、味は悪くない」
「……ありがとうございます」
メイーザは困惑気味に答えた。
「わかりました。結果は最後に発表します」
残りのメンバーの面接も終え、私たちは合格者の待つ別室へ移動した。
「お待たせしました。今回メイドとして採用するのは、ここにいるモッカ、ローリー、マリリンです。メイーザは料理人の仕事で良ければ採用します」
ローリーは子持ちで通い勤務希望。マリリンはシングルマザーで住み込み希望だ。
モッカも家が遠いので、住み込みの許可を出す。
迷っていたメイーザは、料理人での採用を承諾してくれた。
どうなることかと思ったけれど、ナゼル様たちの協力もあり、採用面接はひとまず無事に終了したのだった。
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