第30話 芋くさ夫人は面接官(前)

 翌日、ヘンリーさんは回復した。

 まだ無理は禁物ということで、屋敷にて簡単な仕事をしてもらうことに決まる。

 苗の視察の日程を早めたのだ。

 ナゼル様が彼を庭へ案内し、苗についての詳しい説明をした。

 ヘンリーさんは、ひたすら驚いており、苗については実用化の方向で話が進んでいるようだ。二人でいろいろ話をしている。

 

「……となりますと、食糧事情は助かります、ただ、今まで危険を承知で敢えて海や山へ出て、食べ物を取ってきた者たちから不満が出るでしょう。彼らの商売は、あがったりでしょうから」

「そういった者たちのおかげで、なんとか飢えをしのいでいたわけか」

「はい。そういうことを専門に、商売をしている者がいたのです。もちろん、危険が伴うぶん、商品の値段は跳ね上がりますが」

「そちらへの補償は必要だな。苗から採れる作物の収穫権の一部を与えるか……」

 

 話が進みそうな気配がし、私をケリーは彼らの後ろで顔を見合わせる。

 

「それにしても、スートレナ領内で、ここまで大きく育つ苗とは」

「私だけの力じゃない。アニエスに協力してもらったんだ。他の場所に植えるにしても、彼女の協力がいる」

「奥様の協力? もしかして、彼女の魔法と関係があるのですか?」

「ああ、アニエスの魔法は、苗の成長を促進させるみたいなんだ。私とアニエス、二人が揃って初めて作物を育てることができる。一度苗が育ってしまえば、追加の魔法は必要ない」

「わかりました。それについても、話を詰めましょう」

「ああ、この屋敷にいるうちに、進めてしまいたい。それと、私で肩代わりできる業務があれば投げて欲しい。君の負担が減るはずだ」

 

 微妙な距離感の二人だけれど、これを機に、ヘンリーさんがナゼル様に心を開いてくれるといいな。

 手持ち無沙汰なので庭の花壇を強化しつつ、私はそんなことを思った。


 そして数日後、ヘンリーさんは復活し、ナゼル様と一緒に領地改革の話を進めていた。顔色も少しマシになり、明日には砦に出勤できそうだ。

 二人は互いを仕事のパートナーとして認め合ったみたいだった。

 

「さて、私たちも頑張らなきゃ。今日は使用人の面接があるものね」

 

 メイド服に着替えた私は、ケリーと一緒に屋敷の扉を出る。

 面接をするにあたり、人となりを重視したい私は、メイドに扮して採用面接に臨むことにしたのだ。

 なので、今日の私はメイド頭、ケリーは侍女頭という設定になっている。

 このメイド服姿は、なぜかナゼル様に「可愛い」と好評だった。

 

「ああ、緊張する」

 

 門の外には、面接を受けに来た人たちが揃っているはず。

 

「ケリー、いよいよ面接ね」

「そうですね、アニエス様。使用人候補の方々は、集まってくださるでしょうか」

「わからない……けれど、今やれることはやったもの。あと私たちができることは、しっかり見極めて採用するのみ!」

 

 二人で門を出ると、朝早い時刻にもかかわらず、思ったよりも多くの人が集まっていた。条件の良さが効いた模様。

 今回募集をしている使用人は、料理人とメイドと庭師だ。今後は徐々に他の職種も募集していきたいと考えている。執事はナゼル様の意見を聞かないとね。

 私は面接を受けに来た人々に向けて挨拶をした。

 

「お待たせいたしました。本日はお集まりくださり、ありがとうございます。これから、使用人の採用面接を行いますので中へどうぞ」

 

 一次面接は職種ごとにざっくり自己紹介してもらい、二次面接で人となりを探っていく。

 集まったのは、メイド希望の十六名ほどだった。料理人と庭師の希望者はいない……残念。

 掃除を終えた空き部屋二つを、控え室と面接室にし、それらしく整えておいたので、そこに四人ずつ入ってもらう。

 

「ではまず、一人目の方から、自己紹介をどうぞ」

 

 私とケリーは、並んで面接官用の席に座る。すると、向かって右端の女性が話し始めた。

 

「モッカです、森で薬草採取をしていました。十八歳、家事と簡単な調薬ができます」

「パティーです、実家は牧畜業をしています。十六歳、家事と家畜の世話ができます」

「メイーザです、食堂の厨房で働いていました。三十二歳、料理が得意です」

「ローリーです、主婦をしています。四十歳、子守と家事ができます。メイドの経験があります」

 

 それぞれに簡単な質問をしていくけれど、どの人も悪い感じはしない。

 メイーザは料理人としても雇えそうだ。全員一次通過。

 

「よし、二組目の人たちを呼びましょう」

「かしこまりました、アニエス様」

 

 二組目も一組目と同様に順調にいくかと思いきや、一人だけ不機嫌な女性が混じっていた。派手な服に、派手な髪型。周りから明らかに浮いている。

 

「ちょっとぉ、いつまで待たせる気なのよ!」

 

 かなりご立腹なので、とりあえず謝っておく。

 

「お待たせして、申し訳ございません」

「本当に気が利かないわね。私は侍女希望なの、他の奴らと待合室を分けてもらいたいくらいだわ」

 

 侍女希望ということは、いいところの娘さんのようだ。

 でも……これ、メイドの面接なんですけど?

 ケリーがいるので、残りの侍女は追い追い募集するか、メイドから育てようと思っていたんだよね。

 

「あの、本日は侍女は募集しておりませんが」

 

 そう告げると、女性は「わかっているわよ!」と返してきた。

 ……こっちは、わけがわからない。

 

「領主夫人の侍女っていないんでしょ? だから、私がなってやろうって思ったのよ」

「いいえ、こちらに侍女頭がおりますので」

 

 ケリーが侍女になったのは最近なので、女性の持っている情報が古いのかもしれない。

 

「侍女頭って……あんた、貴族なわけ?」

 

 問われたケリーは正直に「平民です」と応えている。

 すると、女性は強気な態度で喋り始めた。

 

「じゃあ、これからは男爵令嬢の私が侍女頭ね! ここの奥様って、『芋くさ令嬢』なんて名前で呼ばれていたんでしょ? 私が来たからには、少しはマシになるんじゃないかしら? 元が芋じゃ知れているだろうけれど」

「……そ、そうですか」

 

 私はおののきながらも、メイド頭の演技を続ける。

 

「それより、ここの旦那様って超イケメンじゃない! 私、愛人狙いなのよねっ! 芋くさ女をダシにして、お近づきになるつもりよ」

 

 ……それ、ここで言っちゃうんだ?

 衝撃的なカミングアウトを前に、私は言葉を失ってしまう。

 

 確かに、辺境へ来る際、ナゼル様に好きな人ができたら出しゃばらず、大人しく身を引こうと考えていた。

 でも……いざ、危機が訪れた今、それを嫌だと思う自分がいる。

 

 これまでの、ナゼル様と共に過ごした心地良い日々。

 その間に、私はナゼル様への気持ちを募らせていたのだ。

 

 ――私、ナゼル様のことが好きなんだ……愛人を迎えたくないくらいに……

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