第27話 芋くさ夫人は料理がしたい
苗が巨大化した翌日、珍しくナゼル様が屋敷にいたので、残りの苗も庭に植えて様々な実験をしてみた。時折、ケリーも顔を出してくれる。
強化魔法をかけてしばらく待つと、苗は半日ほどで大きく成長し、実を付けることが判明。
実は季節に関係なく実るようだ。
「最初のヴィオラベリーが特に大きく育ったのは、栄養面の問題かな」
「……私が肥料をばらまいたせい?」
あとでナゼル様に聞いたけれど、庭に置いてあった肥料は、少しずつ何回かに分けて土に混ぜるものらしい。景気よく、大量に振りかけていた私は一体……
「その件はケリーから聞いたよ。本来なら、ばらまきすぎなのだけれど。アニエスの魔法の効果で急激に育ったから、たくさん栄養が取れて、ちょうどいい感じに成長したみたいだ」
「それじゃあ、同じ感じでばらまいていきますね」
「ちょ、アニエス……!? 重いから……」
庭の隅に、肥料は山ほど置かれている。私はそれをひっつかんで、すでに耕された畑の上にダバーッと撒いた。
「アニエス、力持ち……」
そういえば、ナゼル様は最初に苗を植えていたときは酔っていたんだっけ。
……そうなの、私、力持ちみたいなの。
「ヴィオラベリー、エメラルドチェリー、ピンクマタタビ。他の植物も成長しやすく、実をたくさん付けるよう改良したけれど」
ナゼル様が少し手を加えたとはいえ、ここまで巨大化してたくさん実るとは、本人も予想外だったみたい。
私の魔法、服や鞄の補強以外にも使えたんだな……
「おいしい実が採れて良かったですね。切って皮を剥くだけなら、ケリーでもできるし。そうだ、ナゼル様の本の中に、ジャムの作り方が載っているものがあったので、今度見ながら作ってみますね。厨房の器具の使い方は、家にいたときに使用人が使っているのを観察したことがあります」
「作るなら、最初はケリーに見てもらいながらするといいよ。料理はともかく、器具の扱いには慣れているから。俺も料理について調べてみようかな。料理人がいないし」
「ナゼル様のお料理、食べてみたいです」
器用なナゼル様のことだから、本を見ただけで料理ができそうだ。一緒に何か作るのも面白いかもしれない。
「ふふっ、楽しみにしていて。それから、今度は向こうの畑に穀物も植えてみようかな」
この屋敷の広い庭には、まだ耕せていない畑や花壇がたくさんあるのだ。
「いいですね。物質強化の魔法が必要ならお任せを」
「ありがとう、アニエス。不自由な暮らしをさせてしまって、ごめんね」
「ぜんぜん不自由じゃないですよ。むしろ、楽しいです。何度でも言いますけれど、私はここでの暮らしが気に入っています」
実家にいた頃は、こんな風に好き勝手に動けなかった。家の方針もあるけれど、自分に自信がなくて外に出るのが怖かったのだ。
でも、今はナゼル様やケリーが一緒にいてくれるし、「芋くさ令嬢だ」と、指をさされることもなくなった。それが嬉しい。
「辺境へ連れてきてくれて、ありがとうございます。ナゼル様」
「アニエス……」
ナゼル様は、私の方へそっと両手を伸ばす。
「……ん?」
訳がわからずじっとしていると、彼はその手でギュッと私を抱きしめた。
「ナ、ナゼル様!?」
ひゃー! ナゼル様が、ご乱心だー!
暖かい、胸板が固い、いい匂い……
心臓が倍の速度で脈を打ち始め、思考がフル回転しては霧散していく。
「お礼を言うのは俺の方だよ。君がいてくれて、本当に良かった」
そう告げると、ナゼル様の体がより一層密着してきて、頬にそっと彼の唇が下りてきた。
「……っ!?」
ナゼル様、ほっぺにキスした……?
プロポーズのときは額だったけれど、だんだん大胆になってきていない?
軽く触れただけのそれは、すぐに離れていったけれど、放心状態の私は固まったままだった。
彼の真意が聞きたいような、聞くのが怖いような。
顔を熱くしてうだうだ悩んでいる間に、ナゼル様は微笑みながら離れていってしまった。
うう、私の意気地なし。
「アニエス、苗のことは調べて、ヘンリーにも知らせておこうと思う。食糧事情の改善に繋がるかもしれないから」
「……そうですね。領地に苗が広まればいいと思います。物質強化が必要であれば、魔法をかけに行きますよ」
国の南にあるスートレナ領は、森や海に隣接しているので、作物が実りにくくても食べ物を確保することができる。
しかし、それは通常時の話だ。
以前から耳にしていたように、この場所では魔獣の被害が深刻だった。
魔獣がたくさん出現する時期や、凶暴な魔獣が発見されたときなどは、森や海に出かけることが叶わず、食糧が不足するらしい。
運が悪ければ、半年以上、まともに出歩けない年もあったそうだ。
危険を冒して、海や森に食べ物を取りに行くか、身の安全を優先するか……領民は過酷な選択を迫られていた。
ナゼル様の生み出した苗が増えれば、いつでも安全に食料を得ることが可能になる。
植える場所、収穫者などは検討が必要だろうけれど、この苗が広がれば領民の多くが助かるはずだ。
他の領地へ出荷することもできるかもしれない。
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