第24話 芋くさ夫人の畑仕事

 たしか、庭には畑があったのだ。

 全部を綺麗に耕すのは無理だけれど、一つか二つなら植えられるかも。

 肥料の類いも庭の隅に積み上げられていたから使えると思うし。細かいことは、あまりわからないけれど……とりあえず、混ぜればいいよね?

 

 酔ったナゼル様を引っ張って、私は暗くなり始めた庭に出た。

 すると、ちょうど夕食を買い終えたケリーが帰ってきたようで、私たちの方へと走ってくる。

 

「お二人とも、何をされているのですか!?」

「ケリー、いいところに。実はね、畑を耕してナゼル様の用意した苗を植えようと思って」

「あの、荒れた畑にですか?」

「小さな範囲を耕して、一つ二つくらいなら、植えられると思わない?」

「まあ、そのくらいなら」

 

 よし、三人いれば、そこまで時間はかからないはず。

 私はナゼル様とケリーの手を引いて、庭の小道を進んでいく。

 

「というわけで、ご飯は外で食べましょう! 使われていない、無駄に豪華なテーブルがあったはず」

「そういえば、ありましたね。比較的綺麗だったので、食事もできると思います。ところでアニエス様、さきほどから、ナゼルバート様の様子がおかしいのですが?」

「ワインを飲んだら、酔っ払っちゃったみたいで」

「……!? お酒を……!? あの、アニエス様。実は、ナゼルバート様は、大変お酒に弱いのです」

「ええっ!? どうしましょう、たくさん注いじゃった……」

「普通に歩いておられるので、時間が経てば大丈夫でしょう。食事と飲み物も買ってきましたので、畑に行く前に食べた方がいいですね」

 

 私たちは、庭に面した無駄に豪華なテーブルのところへ来た。周りには花壇があるので、ここで優雅なお茶会などをしていたのだと思う。

 

「ところで、アニエス様は畑仕事をされたことがおありなのですか?」

「ないけど、フロレスクルス家の離れにあった本で読んで勉強したの」

「…………わかりました、私がレクチャーします」

 

 畑について喋りながら、私たちは開放的な空間で食事を楽しんだ。

 普段は外で食事はしないが、こういうのも素敵だ。

 ただ、先ほどから酔ったナゼル様が、すごく私にくっついてくるので落ち着かない。

 

「アニエス、アニエスは本当に可愛いね」

「ありがとうございます、ナゼル様」

 

 ケリーは無表情で「微笑ましい光景です」などと言い、私たちを見守っている。

 微笑ましいどころではなく、私の心臓はバクバクしすぎてはち切れそうなのだけれど。

 

 こうして、食事を終えた私たちは畑に向かった。

 ナゼル様の酔いはまだ覚めず、今は私の背中にひっついている。この距離感に、ちょっとだけ慣れてきたかもしれない。

 

「アニエス様、鍬で耕すのは私が……」

「ケリー、できるの?」

「私の実家には畑がありましたから。弟たちとこうして土いじりをしたものです」

「兄弟がいるの」

「ええ、私は長女で、下は弟が五人もいるのですよ……って、アニエス様、そっちの肥料袋は重いですから」

「ん? ドレスよりも軽いけど? これを撒けばいいのね?」

 

 バッシャァァと肥料をまき散らす私を見て、鍬を持ったケリーが悲鳴を上げている。

 酔っているナゼル様は無言で鍬を手に取り、器用に畑を耕し始めた。本当に、なんでもできるな、この人。

 ただ、目がうつろだし、呼びかけても「アニエスは可愛いね」という言葉しか返ってこない。

 なんとか畑の一部分を回復させるのに成功した私たちは、そこにナゼル様の苗を植えた。

 

「元気に成長するといいですね」

 

 ナゼル様の魔法は植物を生やすこともできるらしい。

 けれど、無から魔法で生み出した植物は、出現している間中魔力を消費し続けるので栽培できないのだ。

 だから、もともとある苗に魔法を使って品種改良したものを植えている。

 水やりも終えた私たちは、軽い足取りで屋敷に戻ったのだった。



 ※

 

 そして、翌日――ナゼル様は、昨日ワインを飲んでからの記憶を失っていた。

 彼を職場に送り出した私は、さっそく一人で畑を確認しに行く。けれど……


「あ、あれ?」

 

 昨夜植えたばかりの苗が、なぜか元気をなくしていた。

 

「しおれてる……このままじゃ、枯れてしまうかも」

 

 水をやりつつ、私はうろたえ続けていた。

 スートレナ領は作物が実りにくい土壌だと聞いてはいたが、庭の薔薇や雑草は育っている。食べ物を実らせる作物が育ちにくいということだろうか。

 

「どうか、元気になって。なんとか、なんとか持ちこたえて」

 

 ただでさえ落ち込み気味のナゼル様を、これ以上落胆させたくない。

 やけくそになった私は、弱っている苗たちに物質強化の魔法をかけて帰った。

 植物には効かないだろうけれど、気持ちの問題だ。

 

 私は屋敷に戻り、昨日と同じくケリーと共に部屋の掃除をしつつ、不要な置物などをまとめていく。

 これらを売ってお金に換え、使用人を増やす計画は続行中だ。

 

「とはいえ、こういうのを買い取ってくれる業者は……近くにいるかな?」

 

 できるなら、この金ぴかの価値を理解し、高値で買ってくれる業者がいい。

 整理をしつつケリーに尋ねると、彼女は何かを考えるように視線を動かす。

 

「……おそらく、いるとは思います。私が手配しましょう」

「ありがとう! 駄目だったら無理しなくていいからね」

 

 お高い品たちに、「要るもの」、「要らないもの」とメモを貼っていく。ほぼ全てが「要らないもの」だ。

 

「ナゼル様の役に、少しでも立てればいいな」

 

 彼は行き場のない私を拾って、あの境遇から助け出してくれた。

 辺境へ行く際、理由を付けて私との結婚から逃れることもできたと思う。強制的に実家へ帰すことだって……

 それなのに、ナゼル様は芋くさ令嬢なんかと結婚して、私を一緒に辺境へ連れてきてくれた。

 どうせなら、「連れてきて良かった」と言ってもらいたい。

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