第3話

 夏祭り当日のことである。僕は待ち合わせ場所に15分前に到着していた。

 定刻から20分が過ぎた頃、彼女から電話が来た。

「ごめん。行けなくなっちゃった。ホントにごめん。もう、どうやって謝ればいいかわからないけど、本当にごめんなさい。あの、嫌いになった?」

「別に。それよりどうしたの?」

 彼女がこんなことをするなんて初めてだった。少し心配になった。

「理由は、ちょっとまだ説明できないんだけどさ、いつか絶対話すから。今は、何も聞かないで、なんてダメだよね?」

 本当は全部教えて欲しかった。でも、僕にはそれを聞くことはできない。だからこそ、自分の中に苛立ちにも似たドス黒い感情がうごめくのを感じた。

「君がそう言うなら、僕は聞かない。君が来ないなら、僕は帰るよ。じゃあまた学校で」

 そう言って、一方的に電話を切った。

 すぐに彼女からの電話がかかって来たが、僕は出なかった。


 何に自分が怒っているのか、そもそも怒っているのかどうなのかもよくわからない。先ほどまでは確かに彼女を心配していたのに、彼女が来れない理由を隠した瞬間、僕は僕でなくなるような感じがした。提示されない理由に様々な想像を当てはめては、そんなことはあり得ないと掻き消す作業を脳が繰り返している。その作業を邪魔するように鳴り続ける携帯のディスプレイには、大好きな人の名前が表示されていた。


 その名前を確認し、僕は携帯の電源を切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る