Lost in Blue
柊木 あめ
00:Prologue
00:切っ掛け
眩暈がするほど遠い昔、ギルダ大陸近海の深海には人魚たちのコロニーが幾つもあり、中でも最も古いコロニーには二十もの姫が居た。高級シルクのような金の長髪に、瑠璃色の虹彩をもつ容姿端麗な十九の姉妹と違い、十七番目のミシェルだけは光を透かす深海のように蒼い髪と月のような銀の虹彩で、頬は痩せこけており血色も悪く、骨と皮で作られたバケモノとでも言えるほどに醜い容姿をもっていた。そんな誰からも其の見た目を忌み嫌われ蔑まされていた彼女だが、其の歌声は海神さえも魅了するほどに凛と澄んで美しく、海の祝福を受けた彼女の歌声は波間を揺蕩い何処までも流れて聴く者全てを魅了したらしい。
人間とは違う時の流れを生きる人魚の世界では、十五の歳に水面の上へ出る事を許される。ミシェルは十五の誕生日になると、まだ見ぬ世界へ胸を踊らせながら上へ上へと泳いで行った。水面から顔を出すと大きな満月が冷ややかな光で蒼闇を照らすとても美しい夜の世界が広がっている。暫く波に揺られて空を眺めていたミシェルは、ふと目に付いた近くの岩場へと近付き陰に腰をおろして歌を紡ぐと波音さえも身を潜めてミシェルの歌声に聴き入った。静寂の中に響く滑らかで凛と澄んだ美しくも優しい歌声は風に乗り、何処まで、何処までも……。
時を同じくして同じ浜辺を人間の王子が一人、一日の嫌な出来事を思い出しながら歩いていた。どんなに忘れようと思考を変えてもふとした瞬間に始まりへと戻り、悶々と鬱憤を募らせる。そんな中、心を洗うような高く澄んだ高音域で言葉を持たない歌声が聴覚に届く。其の歌声が少女と呼べる年頃の物であると判断した瞬間に、不信と好奇を入り乱しながら歌声が聞こえる岩場の方へと足を向けた。どうやら大きな岩陰に其の人物は居るらしい。王子は意を決して声を掛けることに。
「君は誰?」
不意に声を掛けられたミシェルが振り向くが誰も居ない。だが背凭れにしている大岩の向こうに人の気配を感じるのは確かで、様子を窺うべく沈黙する。
「えっと……。急に声を掛けてごめん。その、驚かすつもりはなかったんだ。だから、どうか其の儘。逃げないでおくれ」
そう言ったのは空気が抜ける際に微かな濁りがある若い男の声。どうか逃げないで。と付け足された言葉が寂しそうに感じたミシェルは勇気を出して言葉を紡ぐ。
「危害を加えないと約束してくれるのなら、逃げないわ」
「ああ、約束しよう」
「……それで、何か用かしら?」
「用と言うか……。浜辺を散歩していたらとても奇麗な歌声が聞こえてきて、どんな人が歌っているのだろうと気になったから此処まで来てしまった。もしよかったら僕も其方に――」
「ダメっ! 絶対に、それはダメ」
「……なら、僕は此方側に座っているよ。もう一度、歌を聴かせてくれないか。君の歌声は心地よくて、ずっと聴いていたくなるほどに気に入ってしまったんだ」
「……ええ、喜んで歌うわ」
ミシェルは静かに息を吸い、人間が知っていそうな歌を奏でた。
男は時が経つのを忘れ夜明けまで彼女の歌声に耳を傾けると礼を言い、別れ際に、また明日此処で。と、言い残して去って行く。残されたミシェルは直ぐに言葉を返せなかった事にモヤモヤしながらも口元を綻ばせ、帰宅路を辿る。
【切っ掛け】終
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