第43話 誘惑


 タクシーを拾い、4320円を払い…領収書を貰い、タクシーから降りる。


 後で絶対、金髪ギャルにタクシー代を払わせる事を、決心しながら…マップに示された、4階建てのビルに入った。


 入り口には、やる気がなさそうに、欠伸をしている警備員がいた。


 確かに、こんな警備員がいるような所に逃げ込んでも安心は出来ないよな…。


 そう思いつつエレベーターに乗り込み、4階のボタンを押す。


 何故4階かと言うと、タクシーに乗っている時に、追加のメッセージが届いた事で、自分が何階にいるのか、何処の部屋にいるのかを事前に知り…迷う事なく足を進めることが出来た。


 「ここか…」


 この1枚の扉を開けたら、どうなるのか分からない。


 もしかしたら、あの男達が金髪ギャルを見つけて、中にいるのかもしれない。


 もしかしたら、金髪ギャルの携帯を奪い…俺が来るのを知って、待ち構えているのかもしれない。


 …どちらにせよ、警戒だけはしておいた方がいいな。


 そう思い


 「ふぅ…よし、行くか」


 短く鼻から空気を吸い込み、勢いよくドアを開けた。


 するとーー


 「あ、安曇君…」


 所々…服が破け、隅っこで縮こまり、涙を流している金髪ギャルの姿が眼に入った。


 眼に毒すぎるだろ!!


 「とりあえず、このコートでその姿を隠せ!!」


 そう言って、俺は自分が着ていたコートを脱ぎ…金髪ギャルの方に投げ捨て、後ろを向いた。


 だが…後から考えれば、金髪ギャルから眼を離すべきではなかった。


 「安曇君!!」


 「ぬわ!!」


 が見えている金髪ギャルに、心臓の音が大きくなっていくのが分かる。


 と、とりあえずコイツを離さないと!!


 「怖かった…怖かったよぉ…」


 「……とりあえず、離れような?」


 「え…?」


 震えている金髪ギャルから、眼を逸らし…肩を掴んで突き放した。


 恐らく殆どの男性は、ここで金髪ギャルを抱きしめるだろう。


 だが、俺はそんな浮気を疑われるような事はしない。


 絶対に。


 「お願い、安曇君…抱きしめて? 今だけでいいからお願い…」


 そんな縋るように見られても、俺の答えは変わらない。


 彼女…初音を泣かせたくない。


 もし…万が一にでも、初音がこれを知ったらどうなる? 嘘偽りなく俺を好きだと、愛してくれると言った彼女を裏切るようなマネはしたくない。


 「悪いが、それは無理だ。俺は彼女に誤解を生むようなマネはしたくない」


 「これでも…?」


 「は…?」


 金髪ギャルを見ないように、下を向いていた俺の眼に…破れた上着やスカートが、小さな音を立てて落ちた。


 「お願い…今だけでいいの…。

 安曇君の温もりを頂戴…? そしたら私…どんな事でもしてあげる」


 「は? は? は?」


 そんな事を言い出す、金髪ギャルに頭が追いつかない。


 「あんな事やそんな事だって…してあげる」


 俺の胸に手を添えて、耳元にそう呟く金髪ギャルの声に…理性が削られていくのが感じる。


 「安曇君…その様子だと、まだ彼女には何もさせてもらってないでしょ…? 私なら何でも叶えてあげる。だから私に乗り換えてみない?」


 彼女…初音…。


 彼女という単語で、今までの初音との記憶が流れてくる…。


 人見知りな初音。


 困り顔の初音。


 怒っている初音に、笑っている初音。


 そして…水族館に行った日の、泣いた初音。


 あの日の泣き顔は今でも忘れられない。


 俺はもう…あんな初音の顔を見たくない!!


 「離れろ!!」


 「キャ!」


 金髪ギャルを突き飛ばした、俺はそのままーー

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