悪役令嬢、殺し屋稼業

白石新

第1話 悪役令嬢、出陣





「お初にお目にかかります……獣神様。しかし、まさかこの私(わたくし)が世界の敵に認定されるとは思いませんでしたわ」


 討伐難度SSランクの魔物である真祖の吸血鬼に関節技――腕ひしぎ逆十字をかけているお母様に、お父様は……ちょっとこの人アレだなと思ったそうです。


「辞めて、辞めて、ギブ、ギブ、ギブアップっ!」


「ダメです。投げて、極めて、折る――裏の顔の時、私は悪役令嬢としての流儀を通しますので」


「あぎゃあああああ!」


 どれだけ降参(タップ)されても笑顔を崩さずに、迷わず折ったお母様を見て、やっぱりお父様は思ったそうです。


 この人やっぱり、アレなんだろうなと。







 

 ――侯爵家長女:アリシア=エリントン



 それが私のお母様です。


 お母様曰く、この世界はダークファンタジー風レンアイRPGゲームの世界ということらしいです。


 レンアイRPGゲームという概念は私には少し分かりかねますが……まあ、それは良しとして。


 ともかく、お母様は元はチキュウと言う世界からの転生者で、悪役令嬢という約束された不幸を背負う運命だったということですね。具体的には――


・ヒロインに対する常軌を逸した嫌がらせを糾弾されてギロチン


・領民からの反乱で凌辱された上に死亡


・山賊に誘拐されて地下奴隷市場に売られる


・政敵の放った刺客からの毒殺


・ヒロインへの嫌がらせに対し、狂気に駆られたヤンデレ第2皇子から誘拐されて拷問の上、私刑で死刑


・etc


 まあ、かなりノーサンキューな内容ばかりだったという話です。 


 なので、幼少期のお母様は将来の破滅ルートを回避するため奮闘を開始しました。


 しかし、どれだけ危険人物や危険イベントを遠ざけようとしても≪世界の強制力≫とやらが働いて元の木阿弥となってしまいます。


 それはもうストーカーのごとくに。

 どれだけ遠ざけても、第2皇子がナイフを、山賊の影がチラチラと、そして領民がクワを持ってお母様に構ってくるのです。


 まあ、要は、歴史を改変しても何らかの力が働いて、結局は似たような破滅の流れに戻されてしまうということですね。


 お母様は悩みました。


 それはそれは悩みました。


 そこでお母様が選んだ方法とは……変えられないなら破滅のルートを受け入れてしまうということです。


 つまりは、RPGゲームだということを最大限に利用して、レベルを上げて物理で殴る戦法だったのでした。







 ――そして時は流れ。


 お母様は18歳になりました。


 自ら山賊に誘拐されるルートに入ったお母様は、実際に誘拐されることになりました。


 ゲームではその後、地下奴隷市場に売られてしまうお母様ですが、ここで隠れて鍛え上げた≪悪役令嬢暗殺術≫が火を噴くことになります。


 瞬く間に山賊たちを蹴散らし、自由になったお母様はそのまま攫われたことにして、侯爵屋敷から遠く離れた国へと旅立ちました。


 そのまま侯爵家にいると、危険が一杯……と、いうのもあったのですが、お嬢様の生活に嫌気がさしていたらしいです。


 長い旅路だったと聞いています。

 お母様は各地の冒険者ギルドを渡り歩いて路銀を稼いだといいます。具体的には――


・ドラゴン討伐


・悪徳領主を街の広場に全裸で吊って懲らしめる


・屍霊術の研究で村一つ全員をアンデッドとしてしまった伯爵屋敷を焼き討ちにする


・重税からの餓死者続出、そして発生した農民の反乱。反乱軍のリーダーとなって王都を包囲し減税の要求を呑ませる


 そして、話は冒頭のお母様の発言に戻ります。


『まさかこの私(わたくし)が世界の敵に認定されるとは思いませんでしたわ』


 そろそろ皆様もお気づきだとは思います。


 ――そう、お母様は……ちょっとアレどころか、本当にアレだったのです。


 これだけ権力者をボコボコにしていては、そりゃあ恨まれるというものです。


 そして、私のお父様なのですが……。

 お母様との初体面の時、そのままスルーして去っておけば良いのに……こんな風に声をかけたらしいのです。


「神の領域に達した英傑が、神界と人界の狭間に迷い込んだと来てみれば……真祖の吸血鬼を寝技で気絶させる人間なんて、僕は生まれてこのかた見たことも聞いたこともないよ」


「あら? この程度は淑女の嗜みですけれど?」


「ははっ! はははっ! 確かに――さっきの腕ひしぎ逆十字はエレガントの極みだよ」


 そう、お父様は爆笑しながら……思ってしまったのです。

 辞めときゃ良いのに、思ってしまったのです。それはつまりは――


 ――君、面白い女だね……と


 まあ、結局のところ。

 お母様に対して初見でそういう感じになったからには、お父様も相当にアレだったのだと思います。

 根っこのところは似た者同士だったということですね。


 ちなみにお母様曰く、初めてお父様に会った時の印象は……掴みどころに無い男ということだったらしいです。

 あと、イケメンで好みのタイプだったらしいですね。

 銀髪のサラサラ長髪ストレートヘアーと、切れ長の鋭い眼光にズギュンと来たということらしいです。

 お父様は九尾の狐という大妖……一種の神なのですが、尻尾と耳がある以外は見た目人間と変わりません。

 顔は綺麗だと、娘の私から見ても思います。

 要は、一目ぼれと言うやつでした。






 お母様とお父様が出会った当時、状況は良くありませんでした。

 何せ、お母様は世界の敵ですからね。

 その強すぎる個の力を危険視され、謎の女冒険者として追われる身となっていたのです。

 まあ、強すぎるからこそ、人の身のまま神界への次元の扉を意図せずに超えてしまったのですけれど。


 ちなみにお父様曰く、『後から思うと僕も一目ぼれだったのかもしれない。なんせインパクト抜群だったからね』とのことで……。

 と、まあそんなこんなで、お母様はお父様の屋敷に客人として過ごすことが許されました。

 そして、そんな二人が恋に落ちるにそれほどの時間はかかりませんでした。






 そして4年の月日が経ち、私と弟が生まれました。


 私が生まれた時、お父様は涙を流して喜びました。

 お母様は陣痛で死にかけて、喜ぶどころではなかったらしいです。

 もう二度とこんな思いをするのは嫌だ。二人目は絶対に作らない。

 本気でそう思ったらしいのですが、翌年には弟を出産することになります。


 まあ、一言で言うと、欲とその場の勢いに負けてしまうのがお母様なのです。


 それはさておき、お母様が豪快で気さくな方でした。

 屋敷では使用人たちも含めて、いつも笑いが耐えない感じだったらしいです。

 使用人たちにアットホームな職場ということですね。

 私たちは、屋敷で働く全員の子供みたいに可愛がられていたと……そう聞いていますし、微かに残る記憶からしてもそれは事実でしょう。


 けれど、そんなある日、事件が起きました。


 何を隠そう、私のお父様は獣神族の第6王位継承者で……王子様だったのです。


 王位継承低順位者ということで、お父様は自由気ままに暮らしてきました。

 が、神界大戦で先順位継承者が全て死亡してしまったのです。


 当然、次期王位継承権利者としてお父様に白羽の矢が立つことになります。










「九尾よ、お前も今までのように気楽な立場ではおれんぞ?」


 お母様も同席で呼ばれた謁見の間、獣神王の言葉にお父様はこう尋ね返しました。


「私としても、こうなってしまったからには腹を括らなければいけないでしょう」


 お父様は王位継承やら政争やらの面倒なことが嫌いでした。

 だから、若いころから辺境で隠遁生活を決め込んでいたのですが……。

 状況がこうなってしまえば、流石に仕方がないと本当に思ったらしいです。


「ところで九尾よ、ソレは何だ?」


「それとは?」


「獣神の王たるものの妃が、人間では示しがつかんだろう?」


「と、おっしゃいますと?」


「新しく王妃を娶り、今、お前と住んでいるソレは子供も含めて人間界に追放するのが良かろう」


「うん、それは無理ですね」


 即答過ぎて、思わず母は笑ったらしいです。


 少しは悩めと思ったらしいですが、嬉しさの方が強かったと……お母様は笑っていました。


 でも、今思えば、やりようはいくらでもあったのかとは思います。


 例えば、形だけでも新しく王妃を娶り、やはり形だけでも……お母様と私と弟を遠ざけてどこかに隠すであるだとか。


 けれど、お父様は家族にそういう扱いをすることが嫌だったのでしょう。そう、やっぱりお父様もお母様と同じで――



 ――バカだったのです



 でも、そんなお馬鹿な二人だからこそ惹かれあい、私たちが生まれたと思えば……何となく胸に熱いものを感じてしまいます。

 







 そうして――。

 私たちは獣神の世界から追われる身になりました。

 世継ぎの権利を返上なんて前代未聞です。王権に対する反逆以外の何物でもありません。



 そうして、どうしてもついて行くと言ってきかない数人の使用人と共に人間界へと渡り、山奥に移り住み、小屋を作って小さな田畑を作りました。

 狩りをして、畑を耕して。

 たまには山を降りて、毛皮を売って生活物資を買って。

 神獣界に居所がバレでしまうので、お父様もお母様も、そして使用人たちもむやみに力を使うこともできません。

 あくまでも、人間としてのできる範囲内で生計を立てていたらしいです。


 ――裕福とは言えない生活でした


 お父様はお坊ちゃん育ちだったので最初は面を食らったらしいです。

 お母様もゲンダイチキュウとか言う何だかとてつもない生活レベルの高い場所と、そして今生では侯爵家での生活しか知りません。


 ――苦労をしたらしいです


 けれど、お母様は私と弟に、貴族としての嗜みと悪役令嬢暗殺術を伝えることを忘れませんでした。


 ――武士は食わねど高楊枝


 ――質実剛健


 ――殺られる前に、殺りなさい


 ――それこそが淑女たる嗜み……誇り高き闘争本能なのです



 そんなことを言うお母様は、やっぱりどこかズレていたのだと……今は思います。


 でも、お父様とお母様はいつでも笑っていました。


 少しくらい不自由な生活でも、私と弟が笑っていてくれるならそれで良いと。

 苦労をしていることと、幸せであることは全くの別の問題だと。


 世の中、多く笑ったもん勝ちだと、お母様はいつもそう言っていました。


 色々とズレているお母様でしたが、あの時の笑顔とその源泉となった感情はズレていない……今でもそう思います。


 ――そうやって、私と弟は育ちました


 幸せだったのだと思います。大切にされていたのだと思います。


 全員が全員にとってお互いに、大事な家族でした。そう、あの日までは。






 私が10歳になったある日。

 弟と一緒に山菜を採取するという名目で外に出ました。

 向かったのは、物心ついた時から立ち入ってはいけないと言われていた場所でした。


「大丈夫かな、お姉ちゃん」


「結界の外には出ないから大丈夫」


 そこは、お母様が好きな花が咲いている場所でした。

 花の群生地は断崖絶壁で……雨で脆くなった足場が崩れて、弟が落下したのです。


 もちろん、私たちは鍛え方が違います。

 数十メートル程度の落下では大した怪我はしません。けれど――

 

「あ……」


 弟がお母様が張った結界をすり抜け、地面へと落ちることになったのです。


 次の瞬間、巨大な目玉の魔物が数十体……突然に現れ、弟と私の回りを旋回し始めました。

 それは、ぞっとするような光景でした。

 魔物自体は大したことではなかったのですが、禁忌を犯して何かが起きた。いや、起きようとしている。

 ただ、そのことで私はその場で震えてしまったのです。


「……見つけた」


 それだけ言うと、目玉は消え去っていきました。








「どうしてこんなことを!」


 家に帰ると、お母様が私の頬を打ちました。

 生まれて初めて、お母様に本気で平手打ちをされたのだと思います。


「お母様の誕生日でしたので……」


 花を見せると、全てを察したお母様は「ごめんね」と私を強く抱きすくめて……涙を流しました。


「……」


 と、その時、無言でお母様の側に立つお父様は、諦めたように肩をすくめました。


「貴方、このまま家を捨てれば……」


「ダメだよ、どうやらもう遅いようだ」


 お母様とお父様が二人揃って真剣な表情をしているのを見たのも、その時が初めてのことでした。


 ――ただ事ではない


 その時、初めて私は自分のやったことの本当の意味を、うっすらながらに認識し始めたのです。


 そうしてお父様は使用人に「命令だ、供は要らない。君たちには……子供たちをお願いするよ」とだけ言って外に出ました。


「落ち着くまで外は見ちゃダメだからね」


 そう言って、お母様はお父様の後に続きます。

 しばらくすると、外で爆音が断続的に鳴り続けました。

 地響きと重低音の中、私と弟はベッドの中でただただ震えることしかできません。





 そうして音が止んだのは数時間後のことでした。

 恐る恐るという風に、使用人と一緒に外の様子を見てみると……。


 家の周囲の山は半ば更地になり、地面も所々焼け焦げていました。 


 おびただしい数の魔獣の死体がそこらに転がっています。

 その死体の中心で立つお母様とお父様の下半身が……石になっていました。


 そして、その場に立っているのは、お母様とお父様以外に4柱の獣神です。


 そう、お母様たちは獣神に囲まれていたのです。

 察するに、お母様やお父様のクラスの力の波動を放つ獣神達でした。


「あ……私の……私のせいで……」


 彼らも傷を負っているので、お母様たちはただでやられたわけではなかったようです。


 しかし、見る間にお母様とお父様の体の石化は上半身へと広がっていきます。


 私と弟はただ、その様を眺めることしかできませんでした。


 そうしてお母様は私たちに気づいて、微笑と共に最後にこう言い残しました。


 ――強く生きなさい……と



 あの時のお母様の表情が、私の脳裏から離れることは一生ないと思います。








 それから――。

 獣の血を色濃く継いだ弟は神獣界に連れ去られて育てられることになり、人間の血を濃く継いだ私は使用人と共に人間界に追放されることになりました。


 帝国貴族の直系たる証――魔導家紋が私の体に顕現していたことも理由の一つでしょう。


 そうして私はお母様の生家であるエリントン侯爵家には戻らず、遠戚のブラッドフォード家を頼りました。


 それは、本格的に修練を積むために。


 そう、お母様の編み出した必殺拳――悪役令嬢暗殺術は伝説の剣聖リチャード叔父様から授かった武を原型にしているのです。


 無論、私もやられっぱなしというわけではありません。

 一人で戦う力を育み、牙を磨き、淑女の嗜みも学びながら、私はお母様とお父様を石から戻す術をずっと探りました。


 そして6年の歳月が流れることになったのです。








 紅茶の香りの漂うブラッドフォード家当主の執務室で、私は深く頭を下げました。


「お世話になりましたリチャード叔父様」


「セシリア、お前にもう教えることは何もない。しかし……黒髪と紫の瞳だけではなく、顔つきまでも母親に似てきたな」


 懐かしむように笑うリチャード叔父様に、私は再度の感謝の意を示すために頭を下げます。


「それで……帝都に向かうのか?」


「ええ、エリントン家に戻って帝都の闇を狩ろうかと思います」


「帝都に巣食う闇。龍の欠片――イシュタルの呪いを追えば、確かに両親は戻るかもしれん。が……それは悪鬼を喰らう修羅の道だぞ?」


「……承知の上です」


「神獣界とのイザコザもお前の両親が石になったことで手打ちになっている。このまま触れずに過ごすのが一番良い」


 そこで、私は首を左右に振って叔父様にこう伝えました。


「全ては……私の過ちから始まったことです」


「私はその生き方はオススメしないがね」


「――お母様の教えは、右の頬を打たれれば、左ストレートで殴り返せということですので」


 そこで叔父様は諦めたようにクスリと笑いました。


「全く、親が親なら子も子だな」


 そうして私は両脇に立つ自身の執事とメイドにこう言葉を投げかけました。


「それではいきましょうか、マリアン――そしてブレイト」


 二人はペコリと頭を下げて、いつものように私の言葉に応じてくれます。


「「お嬢様がそれを望むなら」」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る