未来への一歩
「その言葉を待っていたんだ」
晃はおもむろに、駐車場の一角に止めてある自分の車から、大きな紙袋を取り出した。家電量販店の袋だ。
「僕からの、最後のプレゼント。あとは自分で頑張って」
「何、これ?」
「パソコンだよ。特に画像処理に特化したやつ」
「えっ」
藍子は紙袋の中を覗いてみた。確かに、パソコンを包装している専用の箱が入っている。
「こっちはモニター。作業しやすいように、大きめの物を買っておいた。あと、後日宅配で頼んだけど、複合機も買ってある」
「な、なんで⁉ 私にくれるの⁉」
「うん。迷惑だったかい?」
「そんなことない! 嬉しいのは嬉しいけど、びっくりしてるの。大体、パソコンの使い方、私、よくわかってないし」
「ってことを言っているご時世じゃないよ。本格的にデザインの仕事をするなら、アナログだけではやっていけない。それこそ、この軽トラックの装飾を施すのだって、まさか、布をそのままベタッと車体に貼り付けるわけにもいかないだろ。最終的にデジタルデータを作って、専門業者に印刷してもらうとか、そういう工夫が必要だ」
「でも、今まで加賀友禅の修行しかしてこなかった私が、急にパソコンでデザインだなんて」
「藍子さん。今時は、友禅作家も、まずはデジタルで図案や下絵を作って作業に取りかかったりしてるんだよ。それは言い訳にはならない」
「……やっぱり、変だよ。遠野君って、なんでそんなに業界のことに詳しいの? そろそろ教えてくれてもいいじゃない」
「それは、秘密」
晃はウィンクすると、自分の車へと乗り込み、エンジンをかけた。
「頑張って。これからの活躍を期待してるよ」
最後に運転席の窓から顔を出して、エールを送る。何か返事しようと、藍子が口を開いた瞬間、車は発進して、町の中へと走り去っていってしまった。
「どんな選択をしても、大変なものは大変、か」
託されたパソコンを見下ろしながら、藍子は小さく笑った。
まずは、この操作方法に慣れるところから始めないといけない。
「藍子、そのパソコンとモニター、俺の軽トラックで運ぼうか?」
「そうしてもらえると助かるわ。とりあえず、私のアパートでいいけど」
仕事をするのに、あそこでは手狭だ。でも、いつまでも遠野屋旅館を使わせてもらうわけにもいかない。もうちょっと広い場所に引っ越すことも検討が必要だ。
やることがいっぱいで、大変ではある。でも、かつてないほど、気力に満ちあふれている。
「よしっ、それじゃあ始めますか!」
藍子は気合を入れた。
この道が、自分の望む未来へと繋がっているかどうか、まだわからない。
それでも前へと進もうと思った。いつか必ず、母のような素敵な作品を作り、多くの人々を喜ばせられる日が来ると信じて。
透き通るような青空の下、藍子は新たな一歩を踏み出した。
金沢友禅ラプソディ 逢巳花堂 @oumikado
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