まだ終わりではない
「あたしの所が、ちょっと早めに綾汰を作家にさせた感じだけどね、各工房、それぞれ自慢の弟子を抱えていてね、そろそろ、おそらく全員同じ時期に、審査さえ通れば、友禅作家として独立するんじゃないかと思うよ」
「あの花村さんだけではない、と?」
「今年は、面白いことになってきているよ」
千都子はニヤリと笑った。
また、見慣れない女性が、寺の中に入ってきた。
加賀友禅の振袖を着ている。友禅祭りだからといって、加賀友禅の着物を着なければいけない決まりがあるわけではないが、その女性はしっかりと着用して現れた。
驚くほど、若い。
見た目はまだ一〇代か。実際には、若く見えるだけで、二〇代には達しているのだろうが、それにしても若過ぎる。年齢は、綾汰とほぼ同じくらいか。
白地に薄紅を差した振袖によく似合う、ボブカットの黒髪。丸くて愛くるしい目の形に、顔も丸顔で、全体的に可愛らしい見た目であるが、漂わせている雰囲気は落ち着いており、長年この友禅祭りに参加しているような貫禄がある。
「今入ってきた、あの子は、あんたと同い年。ちょっと名前は忘れたけどね。さっきの花山と同じで、まだ修行中の身だけど、もうすぐ作家になると思う。かなり才能もあるそうだし、デビューしたら、あんたとはライバルになるかもしれないね」
綾汰と目が合った、ボブカットの女性は、無表情で会釈をしてきた。
こちらも軽く頭を下げながら、綾汰は、高揚感からか、それとも武者震いか、背筋にゾクリとしたものを感じた。
直感で、わかる。
あの女性は、これまで、全ての力を加賀友禅に注いできたのだと。
(まだ終わりじゃない、ということか)
綾汰は拳を握りしめた。
これだけ厳しい加賀友禅の世界に、安定した生活を捨ててまで、それでも飛び込んでくる人々がいる。
滅びを迎えるのは、まだ早い。
(藍子さん、うらやましいでしょ)
綾汰は、笑みを浮かべた。
なんだか、これから楽しいことが起こりそうな予感がする。
(本当にいいの? そっちの世界に行ったままで? もし、まだ諦めていないなら、藍子さんが本気で戻ってくるのなら――僕は、いくらでも待つよ)
何をしているのかわからないが、藍子が今いるであろう方角に向かって、綾汰は思いを馳せた。
いつか、二人で肩を並べて、友禅の仕事をしている光景を思い描きながら。
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