スピード移動
輪島には空港があるが、夕方まで便が無い。そのため、一旦金沢まで車で戻り、新幹線で東京に向かった。
金沢駅から、新幹線で二時間半。
あっという間に、人生初の東京に、足を踏み入れていた。
「ふあ、ふああ」
大阪には遊びに行ったことがあるので、それと同じ規模を想像していた藍子は、自分のイメージを遙かに上回る広大さと、スピード感に、早くもめまいを感じていた。
なぜ、こんなにも常時お祭り騒ぎなレベルで、人が密集しているのか?
なぜ、道行く人々は、みんな競歩の選手並みの猛スピードで歩いているのか?
東京駅から山手線に乗るまでの間で、藍子はもうホームシックにかかっていた。
「か、帰りたい……」
「憧れの東京だろ。我慢してよ」
「綾汰が強引に連れてきたんじゃない! それに、興味があっただけで、別に憧れていたわけじゃないから!」
「そんな細かい話はどうでもいいよ」
「何よ、平然とした顔して。綾汰だって、そんなに東京に慣れてるわけじゃないんでしょ」
「まあね。これでまだ二度目だし」
「よくそんなに落ち着いていられるね」
「一応は、男だから」
「ん? どういうこと?」
「いざという時に、僕がしっかりしてないと、藍子さんを守れないでしょ」
それくらい理解しろよ、と言わんばかりの目で、綾汰は冷ややかに見ている。態度はきついが、しかし、藍子としては、自分が守られる女子扱いされたことに、ものすごい照れを感じ、気が付けば顔が真っ赤になっていた。
(な、な、何言ってるの、こいつ)
こういう風に扱われるのが、本当に弱い。とにかく、赤くなった頬を見られないように、綾汰から顔を背けて、ひたすら車窓の風景を眺め続けた。
果てることなく広がるビルの群れ。
これが東京という街かと、藍子は新鮮な感動を覚えていた。
やがて、渋谷に辿り着いた。
テレビで何度か見たことのある、あの有名なスクランブル交差点を目の前にして、テンションが一気に上がってきた。
「ね、ねえ、綾汰、あっちに行ってみようよ! スクランブル交差点、渡ってみよ!」
「そんな時間無いよ。大体、金沢にだってスクランブル交差点はあるだろ。別に珍しいものじゃないって」
「金沢のと一緒にしないでよ。あんなの大したことないじゃない」
「なめないでほしいな、藍子さん。こっちにはスクランブル交差点は一つしかないだろ。金沢は、二つあるんだぞ」
「だから、規模が違うって! ほら、行こうよ、ねえってば」
「ちょっと黙っててくれないかな。劇場のある方向と、反対側に出ちゃったみたいなんだ」
「もー、しょうがないなあ」
仕方なく、藍子も行き先確認に協力しようと、スマホを見た。
目的地は渋谷駅近くの劇場だ。
綾汰は、今日が公演最後の舞台『斬鉄クイーン』を観ようとしている。すでにチケットはWEBを通して二枚確保済みだ。なぜか、藍子の分まで。
(まあ、いいけど。私も興味あったし)
劇団「青神代」の最新作。結成から三〇年経つ、息の長い劇団だが、まるで少年漫画のような世界観と、斬新な手法で描かれるど派手な舞台が当時から話題だったそうで、その作風は現在も変わらず、いまや押しも押されもせぬ大人気劇団の一つだ。
出演している役者陣も豪華で、ほとんどは舞台だけの俳優であるが、メインキャストには映画やドラマでも活躍する人達も混じっている。
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