星場工房

 道中、運転席と助手席で隣同士だというのに、二人ともほぼ無言だった。


 藍子は、寝るか、景色を見るかで時間を潰していたが、正直辛かった。高速道路から見える能登の里山も、日本海も、最初は楽しんで見られていたが、ずっと同じ風景が続くと飽きてしまう。


「着いたよ」


 金沢を出発してから三時間後、ウトウトしていたところを、綾汰に起こされた。

 カーナビを見ると、目的地まで、車であと三分ほど。


(長かったぁ……)


 やっと、この息苦しい時間から解放される。ホッとした藍子は、あくびをしながら、思いきり背伸びをした。


「ひどい顔。もうちょっと女子らしくしたらどうなんだよ」

「女の子だってあくびはするの」

「もう『女の子』なんて年頃じゃないだろ」

「そっちが最初に『女子』って言ってきたんじゃない」


 軽く言い合っているうちに、カーナビの音声が、『目的地に到着しました』と告げてきた。


 周囲は他に建物もない、山林が続く田舎道。その一角に開けた土地があり、白色の建屋が建っている。


「たぶんあれが星場工房だと思う」


 カーナビの地図と見比べて、綾汰はそう言った。


「なんか、輪島塗の工房っていうから、昔ながらの日本家屋を想像してたけど、全然違うね。工房、っていうかファクトリー? すごい無骨な感じ」

「とりあえず近くまで行って、確認してみよう」


 建物の前に車を停め、歩いて近付いてみたが、人の気配がしない。


 中に入ってみると、作業机や、漆器を並べて置く台、どういった用途で使うのかわからない機器類が設置されている。まだ何も始めていないのか、人もいなければ、作業中の漆器もない。


「正解みたいね」

「うん。でも、誰もいないなあ」


 一旦外へ出てみた。建物の外壁には、「星場工房」の看板が掛かっている。場所は間違いないのだが、今日は仕事は休みなのだろうか。


「見て。こっちに家がある」


 藍子は工房の裏手に二階建ての家屋があるのを発見した。


 そちらへ行ってみると、表札には「星場」と書かれている。自宅のようだ。


「もしかしたら家の中にいるのかも。僕が確認する」


 綾汰はインターホンを鳴らしてみた。


『はい?』


 ぶっきら棒な声が飛んできた。女性の声だ。


「朝早くに失礼します。私は、金沢で加賀友禅の作家をしています、上条と申しますが、大護さんは」


 そこまで言ったところで、ブツン、と通話が切れた。

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