カフェのコンセプト
「なんだか、藍子さんの絵を見ていると、早くこの店を開きたくなってきました」
藍子さん、と玲太郎に呼ばれて、藍子は目を丸くした。
最初、本人は気が付いていない様子だったが、すぐに藍子の反応の意味を理解したようで、顔を赤くしながら両手を振った。
「ご、ごめんなさい。馴れ馴れしい言い方して。ただ、ほら、綾汰さんも上条さんだから、名字で呼んでいると、紛らわしくって」
「ううん、別にいいよ。ただ、下の名前で呼ばれるの、友達以外では久しぶりな気がして」
考えたら、玲太郎の言う通り、綾汰と絡んでいたら、誰だって二人のことを下の名前で呼び分けるに決まっている。
同窓会以外では、随分久しぶりに下の名前で呼ばれたような気がするのは、それだけ長いこと、綾汰と関係を断っていたことの表れなのかもしれない。
(どうしてるんだろ、綾汰……)
一緒に暮らしているわけではないから、会う機会は元々無いはずだが、それでも、何かと綾汰の方からちょっかいをかけてくる形で、接触はあった。
それが、ここ一週間ほど、影も形も現さない。
ひょっとして、図らずも自分と作品勝負をするような形になり、その上で判定負けしてしまったことが、相当ショックだったのだろうか。
だとすると、なんだか胸が痛んでしまう。
「ねえ。どうして、この絵を見て、早くお店を開きたいって思ったの?」
気を紛らわせるため、先ほどの玲太郎の発言を掘り下げてみることにした。
「僕は、金沢が大好きだから、カフェを開きたいって思ったんです。その金沢の魅力が、藍子さんの絵には、ギュッと凝縮されている」
八割方完成している下絵を、隅々まで眺めながら、玲太郎は楽しそうに語る。
「カフェのコンセプト、いままでずっと悩んでいたんです。それこそ金沢市内にはレベルの高いお店がいっぱいある。新参者の僕が、どこまで食い込んでいけるのか、やっていけるのか、不安で、不安で。だけど、藍子さんの絵のお陰で、僕がやれることが見えてきました」
「どんなこと?」
「みんなが、この金沢の良さを実感しながら、ホッとくつろげるようなお店。それがきっと、僕のカフェのカラーになるんだな、って。住んでいる人達は、忙しい日常の合間に、それでもこの金沢の住人で良かったと感じながら。観光で訪れた人達は、またここへ来たいな、って思いながら。そうやって、ゆっくりとコーヒーを飲む。そんな空間になるんじゃないかな、って」
「とても魅力的だけど、かなり大変で、難しそうだね」
別に意地悪を言うつもりはなく、素直な感想を、藍子は伝えた。どこまで玲太郎が覚悟を決めているのか、確かめてみたい気持ちもあった。
「もちろん、大変です。でも、きっと出来る。藍子さんが描いてくれる絵があれば、可能な気がするんです」
嬉しいことを言ってくれる、と藍子は照れ笑いを浮かべた。
自分の作った作品が、誰かの役に立つ。感謝される。そう思うだけでも、頑張ってみて良かった、と感じていた。
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